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岩崎良美

[1] 名前:名無しさん :2019/04/11 (木) 19:37:50 No.2504
2504.jpg (491KB)
2006年5月10日発売のアイドルデビュー伝説(1980〜82年編)から、
近代映画の80年3月号の、表2グラビアです。
表2グラビアとは、近代映画の表紙の裏で、当時注目の新人アイドルを紹介するページでした。
ちなみに、下の文字の左が歪んでいるのは、私のスキャンが悪いのではありません。
「アイドルデビュー伝説」というムック本を近代映画社が作る時に、
雑誌「近代映画」をバラさずにスキャンしたためであり、原稿自体の問題です。
[2] 名前:名無しさん :2019/04/16 (火) 18:50:27 No.2534
2534.jpg (493KB)
アイドルデビュー伝説(1980〜82年編)から、
近代映画の80年4月号の記事の、1ページ目です。
松田聖子とは、堀越学園3年の時、同級生でした。
歌手デビューは、ヨシリンが高校3年を卒業する頃、聖子は卒業した後ですが、
ヨシリンは高校2年の時に、聖子は高校3年の時に芸能界デビュー(ドラマ)するため、
堀越学園に転校しています。
[3] 名前:名無しさん :2019/04/21 (日) 23:34:36 No.2570
2570.jpg (494KB)
アイドルデビュー伝説(1980〜82年編)から、
近代映画の80年4月号の記事の、2ページ目です。
「歌と学業の二足のワラジははきたくない。」
姉のヒロリンが、学業との両立で苦労しているのを、間近で見ていたからでしょう。
70年代は、中3トリオに代表されるように、
学生タレントのアイドル歌手に、人気が集中していました。
ところが、高校を卒業してからデビューしたピンク・レディーが大ブレイクして、
学生タレントのアイドル歌手人気が、頭打ちになりました。
80年代が始まると同時に、歌一本で勝負したのが、岩崎良美であり、松田聖子です。
この二人より2歳若い河合奈保子は、ブレイクが少し遅れ、
4歳若い柏原よしえは、更にブレイクが遅れました。
[4] 名前:名無しさん :2019/04/26 (金) 21:14:54 No.2600
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2000年4月25日発売の、20世紀アイドルスター大全集〜80年代編に、
1ページ、5カットが載っています。「近代映画」に載っていたカット集でしょう。
これは、プロフィール付きのメインカットです。
84年頃から、女優業に徐々にシフトして行きましたが、
私は、「スクールウォーズ」のマネージャー役しか見ていません。
しっかり者で、庶民的なマネージャー役を、好演していました。
[5] 名前:名無しさん :2019/05/02 (木) 00:24:50 No.2631
2631.jpg (110KB)
20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、左上です。
晴れ着姿です。姉の岩崎宏美と同様、広い額を前髪で隠す事が多かったです。
[6] 名前:名無しさん :2019/05/06 (月) 23:49:24 No.2661
2661.jpg (88KB)
20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、左の上から2番目です。
堀越を卒業する頃の18歳の岩崎良美で、2〜3のカットのカラー版でしょう。
[7] 名前:名無しさん :2019/05/13 (月) 01:12:16 No.2697
2697.jpg (184KB)
85年10月1日発売の「アイドル40年」(近代映画社)から、
親友・松田聖子との2ショットです。
肩やベルトの位置から、岩崎良美の方が身長が高いので、
(当時のプロフィールでは、松田聖子158cm、岩崎良美159cmと、
 1cmしか違わないんですが。)
首を縮めて身長を合わせているあたり、控えめな性格が表れています。
同い年の松田聖子と岩崎良美は、プライベートでも仲が良く、
松田聖子が83年の暮れのテレフォンショッキングに出た時は、
「武道館で待ってるわ。」と、岩崎良美にメッセージしていました。
[8] 名前:名無しさん :2019/05/19 (日) 22:38:20 No.2737
2737.jpg (173KB)
「アイドル40年」(近代映画社)から、ヒロリン・ヨシリン姉妹の2ショットです。
正統派アイドルフェイスのヨシリンと、姉のヒロリンは、全然似てない印象がありましたが、
2ショットで見ると、顔の輪郭や、鼻・口元と、大きな瞳以外は、良く似ています。
正統派アイドルにとって、大きな瞳が、如何に大きな魅力であるか、教えてくれるカットです。
性格は正反対でした。ヒロリンは、「アネキというよりもアニキ。」と自ら公言するほど、
男っぽい性格でしたが、ヨシリンは、おとなしく女性らしい性格で、
芸能界に向かないと父親が反対するほどでした。
[9] 名前:名無しさん :2019/05/27 (月) 23:08:00 No.2778
2778.jpg (491KB)
アイドル黄金時代大名鑑(2002年3月25日発売)から、
歌手・岩崎良美に対する評価記事です。
筆者が、「どきどき旅行」「バカンス」が好きと書いています。私もバカンスは大好きです。
「岩崎良美らしさってなんだろう。」
私は、尾崎亜美作品に代表されるポップな魅力ですが、
一般的には「タッチ」になってしまうんでしょうね。
[10] 名前:名無しさん :2019/06/04 (火) 22:15:46 No.2813
2813.jpg (496KB)
96年8月10日発売の、80年代アイドル黄金伝説から、
私だけのA級アイドルのコーナーです。
今でこそ、松田聖子や河合奈保子も、歌唱力抜群の実力派アイドル歌手という評価が
定着していますが、デビュー当時から、その評価が高かったのは、岩崎良美だけでした。
しかし、歌唱力抜群ゆえ、デビュー当時は、路線に迷いがあったのも事実です。
「岩崎良美らしさってなんだろう。」→「躍動感あふれる良美ちゃんの歌は気持ちが良かった。」
この記事には、ちゃんと答えが書いてあります。
[11] 名前:名無しさん :2019/06/14 (金) 01:38:27 No.2857
2857.jpg (481KB)
少年マガジンの80年5月18日の、表紙です。
表紙以外に、巻頭グラビアが5ページ載っています。
[12] 名前:名無しさん :2019/06/23 (日) 23:14:48 No.2900
2900.jpg (486KB)
平凡パンチの80年6月2日号から、親友の松田聖子と一緒に載っている
インタビューの3ページ目です。
ハマトラっぽいファッションが好きと言っている良美ですが、
2年度ぐらいにはスポーティなファッションに変わります。
デビューした年は、岩崎宏美の妹と言うイメージが強く、姉よりアイドルっぽい可愛い顔なので、
敢えて大人っぽいアンニュイ・ムードにしていたのかも知れません。
[13] 名前:名無しさん :2019/07/04 (木) 22:40:10 No.2949
2949.jpg (487KB)
平凡パンチの80年6月2日号から、親友の松田聖子と一緒に載っている
インタビューの4ページ目です。
姉のヒロリンと比較されるのは仕方ないと思いますが、名前まで間違えられるとは。
78〜79年にかけて、数本のドラマに出演し、名前を売って歌手デビューする戦略を取りましたが、
それでも名前まで間違えられる事で、姉の偉大さを実感したと思います。
80年デビューの他の新人歌手は、同期と比較されますが、自分(ヒロリン)と比較されて、
ヨシリンは辛かっただろうと、後にヒロリンが言っていました。
将来の目標は女優と言っているように、歌手を目指すのではなく、
アイドルとして楽しそうに仕事をしているヒロリンを見て、芸能界に入りたいと思ったそうです。
[14] 名前:名無しさん :2019/07/20 (土) 01:04:06 No.3024
3024.jpg (497KB)
しゃんばらの最後のスレ(何度も落ちた)に貼った画像は、あと2枚ありますが、
それは後回しにして、ここから新規画像を貼って行きます。
(ハリコの初めの頃に貼った画像のレタッチ版も、時々混ぜます。)

これは、少年マガジンの80年5月18日の、1ページ目です。
[15] 名前:名無しさん :2019/08/04 (日) 01:23:48 No.3086
3086.jpg (301KB)
少年マガジンの80年5月18日の、2ページ目の右上です。
公園の坂道を駆け登る姿が、2カット載っています。
ヨシリンは大人しい性格ですが、スポーツ好きなのは、姉のヒロリンと同じです。
[16] 名前:名無しさん :2019/08/20 (火) 23:44:03 No.3160
3160.jpg (293KB)
少年マガジンの80年5月18日の、2ページ目の右下です。
デビュー当時のヨシリンは、ヒロリンより体重がある事を気にしていたようで、
スポーツ(特に壁打ちテニス)で汗を流し、痩せようと努力していました。
やがて豆乳のCMなどで、ヘルシー少女のイメージが定着します。
[17] 名前:名無しさん :2019/09/05 (木) 23:57:00 No.3241
3241.jpg (311KB)
少年マガジンの80年5月18日の、2ページ目の左上です。
2年前(78年)から、ドラマ出演していたヨシリンなので、
ピッカピカの新人が良く着る派手な服より、このようなチェック柄の服の方が、似合います。
[18] 名前:名無しさん :2019/09/23 (月) 23:45:23 No.3327
3327.jpg (166KB)
20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、右上です。
ヒロリン・ヨシリン姉妹の2ショットです。
ヒロリンが車を運転するのを見て、ヨシリンも81年初に免許を取って車の運転を始めます。
しかし、ヨシリンの運転はぎこちなく、カーブでは途中でストップし、
40キロ制限の道路でも、20キロしか出さなくて、他の車が迷惑している事を、
夜ヒットで、ヒロリンがバラしていました。
それでも、親友の聖子は忙しすぎて車の免許が取れず(仮免まで行って期限切れ)、
免許を持っているヨシリンを羨ましがっていました。
[19] 名前:名無しさん :2019/10/09 (水) 00:59:39 No.3397
3397.jpg (237KB)
↑18の訂正:20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、右上です。→右下です。

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、左下です。
ヒロリン・ヨシリン姉妹の晴れ着の2ショットです。
幼い頃から歌が大好きだったヒロリン・ヨシリン姉妹ですが、勝気でイタズラ好きなヒロリンが、
ヨシリンにイジワルをする事も多く、コップの水をヨシリンの頭にかけた事もあるそうです。
電車で小学校に通学していた二人。姉を慕っていたヨシリンは、いつもヒロリンの後を付いて
来るので、別々の車両に乗ったそうです。再びイタズラ心が芽生えたヒロリンが、
ワザと途中の駅に、電車が発車する直前、飛び降ります。電車の窓から、涙を浮かべて、
ホームのヒロリンの姿を見ているヨシリン。ヒロリンが次の電車に乗り、本来の駅で降りると、
喜んで迎えるヨシリンがいたそうです。姉が来るまで待っていたとの事です。
ヨシリンが、姉をどんなに慕っていたか、分かるエピソードです。
(2009年頃に放送されたテレビ番組より)
[20] 名前:名無しさん :2019/11/01 (金) 23:59:48 No.3496
3496.jpg (351KB)
少年マガジンの80年5月18日に戻って、2ページ目の左下です。

(19の続き)
姉のヒロリンがスタ誕に合格して75年に歌手デビューし、2曲目から大ヒットを連発します。
スタ誕ファミリーと呼ばれるアットホームな雰囲気、特に森昌子・桜田淳子・山口百恵・伊藤咲子の
先輩アイドル4人は、ヒロリンと同い年なので、すぐに仲良くなります。
毎日楽しそうに仕事をしているヒロリンを見て、ヨシリンも歌手デビューしたくなり、
両親に相談しますが、「この家に芸能人は二人いらない。」と父親に言われ、涙を浮かべるヨシリン。
それに対し、「妹にもチャンスを与えないのは不公平だ。親だからと言って、
妹の可能性を摘み取る権利はない。」とヒロリンが、ヨシリンの味方になり、
ヒロリンも通った、松田トシ音楽教室に通うのを許されます。
[21] 名前:名無しさん :2019/11/20 (水) 00:04:35 No.3579
3579.jpg (485KB)
少年マガジンの80年5月18日の、3ページ目です。

(19の更に続き)
こうして歌手デビューする日を待ちわびていたヨシリンですが、役者が多く所属する事務所に
入ったためか、78年から女優としてデビューし、歌手デビューは80年になります。
岩崎宏美の妹という事、声が姉とそっくりだった事、ヒロリンと同じく松田トシ音楽教室で
特訓を受けたヨシリンは歌唱力があり、デビュー曲から新人らしくない難しい歌を歌っていた事から、
「岩崎宏美とそっくり」「岩崎宏美は二人いらない」と揶揄されます。
ヒロリンも、「同期の他の新人と比較されるのではなく、私と比較されるのだから、
良美にとって厳しいだろう。」と言っていました。もし78年にいきなり歌手デビューしていたら、
まだ歌唱力が未熟はヨシリンは、アイドルらしい曲でデビュー出来ていたのかも知れません。
[22] 名前:名無しさん :2019/12/07 (土) 01:15:34 No.3653
3653.jpg (485KB)
少年マガジンの80年5月18日の、4ページ目です。

(19の更に続き)
「岩崎宏美とそっくり」と言われないよう、事務所から姉の歌を聞く事を禁止されてしまうヨシリン。
大好きなヒロリンの歌を毎日のように聞いていたヨシリンは、ショックを受け、
大好きだった歌が、だんだん嫌いになって行き、ある日、歌声が出ないほどになりました。
先日、昔ビデオに撮っておいた歌番組を見直していたら、ヒロリンとヨシリンが
デュエットする番組を撮っていた事に気づきました。
多分、84年のミュージック・フェアだと思います。この時、公の場で歌う初めてのデュエットだ。
と言っていました。ヨシリンの歌手デビューから4年後です。
ヨシリンの事務所が、姉とのデュエットをなかなか許さなかった事が、分かります。
ちなみに、デュエット曲は持ち歌ではなく、マイケル・ジャクソンの「ベンのテーマ」等、
外国曲を3曲ぐらい歌っていました。予想どおり、素晴らしいハーモニーでした。
[23] 名前:名無しさん :2019/12/28 (土) 01:20:07 No.3739
3739.jpg (490KB)
少年マガジンの80年5月18日の、5ページ目です。

(19の更に続き)
歌がだんだん嫌いになって行ったヨシリンは、89年で歌手活動を停止し、舞台やドラマで
女優として活躍します。94年の舞台「ベニスの商人」に出演した際、
イギリスの舞台監督から、「あなた自身の声で話しなさい。」と言われ、自分で意識しないうちに、
アイドル時代の可愛く作っていた声で話すようになっていた事に気づきます。
自分の本来の声で話す内に、だんだん歌いたくなって行き、
98年に歌手として復帰し、フレンチポップスをレパートリーに加え、
2008年からは、姉ヒロリンとの共演の機会が増えました。
[24] 名前:名無しさん :2020/01/16 (木) 02:57:40 No.3815
3815.jpg (490KB)
週刊明星の80年6月1日号には、5ページのグラビアが載っています。
これは1ページ目で、遊園地で遊ぶアクティブなヨシリンです。
[25] 名前:名無しさん :2020/02/07 (金) 03:34:17 No.3922
3922.jpg (487KB)
プレイボーイの80年5月13日号の、インタビューの1ページ目です。
デビュー曲「赤と黒」、3曲目「あなた色のマノン」と、なかにし礼作詞の、
女の色気を感じさせる曲を、新人なのに歌ったのが、姉と比較される要因となりました。
爽やかさをアピールした、2曲目「涼風」、4曲目「I THINK SO」ラインの曲を、
デビュー曲から連発していれば、親友である松田聖子の良きライバルとなれたはずです。
[26] 名前:名無しさん :2020/03/04 (水) 03:17:19 No.4026
4026.jpg (477KB)
週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの2ページ目の上です。
「タータン・チェックに凝っているのだ。」と書いてありますが、見た事はありません。
ステージ衣装では、あったような気もするけど。
この頃は、ハマトラの凝っていると、言っていました。
[27] 名前:名無しさん :2020/03/24 (火) 03:36:31 No.4126
4126.jpg (491KB)
プレイボーイの80年5月13日号の、インタビューの2ページ目です。
「郁恵チャンに負けない(胸の)発育ぶりだ。」
ヨシリンは、事務所との契約で水着姿の撮影はNGだったので、歌っている時の衣装越しにしか
分かりませんが、隠れボイン(当時は、こんな言葉はありませんでしたが)に見えました。
バスト85cmと表記した記事を見た記憶がありますが、今手元にある雑誌は、
バスト83cmばかりなので、記憶違いかも知れません。ボイン同士の郁恵ちゃんとは、
ここに書いてある「スターダッシュNo.1」での共演がきっかけで、仲良くなりました。
二人で、ダイエットに励んでいたそうです。
[28] 名前:名無しさん :2020/04/12 (日) 01:43:08 No.4222
4222.jpg (452KB)
週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの2ページ目の下です。
健康的な足を見せているカットです。27で、「私、足には自信ないんだから」と言っていますが、
十分に魅力的だと思います。そういえばステージ衣装では、ロングスカートが多かった感じです。
やはり、気にしていたのでしょう。
犬のガンバロンとミルミルの事は、ヨシリンのデビュー前から、ヒロリンが言っていたので、
覚えている人も多いでしょう。
[29] 名前:名無しさん :2020/05/04 (月) 02:48:11 No.4353
4353.jpg (490KB)
週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの3ページ目です。
珍しくメガネをかけている、ヨシリンのカットです。
[30] 名前:名無しさん :2020/05/23 (土) 03:17:30 No.4464
4464.jpg (486KB)
プレイボーイの80年5月13日号の、インタビューの3ページ目です。
9年がらい前にNHK−BSで放送された、80年代アイドルが6人ほど集まって歌う番組を
見直していました。デビュー当時から大人っぽいイメージがあったね。と司会の大友康平が
ヨシリンに聞き、「姉と比較されていたからでしょう。」と答えていました。
13でも書いたように、ヒロリンも、自分と比較されるのは辛いだろうと思ったそうです。
そんな事を考えながら、初レコーディングに付き添ったのかも知れません。
ヒロリンは男の子っぽい性格で、ヨシリンは女の子っぽい性格と、よく言われていますが、
それだけではなく、爽やかで、礼儀正しい性格から、ヨシリンの人柄が伝わります。
[31] 名前:名無しさん :2020/06/11 (木) 04:26:11 No.4576
4576.jpg (479KB)
週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの4ページ目です。
このページだけ、モノローグが載っています。
仕事が忙しく、若いから体は大丈夫でも、精神的に疲れるので、電話魔になる。と言っています。
同期で同い年の松田聖子や香取洋子と仲が良かったですが、二人とも新人で忙しかったので、
藤谷美和子と仲良くなったのでしょう。この頃の藤谷美和子は、歌をまだ歌っていなかったので、
人気が高く、月刊明星等の人気投票で上位に入っている事は、後から知りました。
[32] 名前:名無しさん :2020/07/06 (月) 04:04:45 No.4677
4677.jpg (488KB)
週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの5ページ目です。
メルヘンチックな背景が、目がクリッとして可愛い良美と似合います。
80年の歌手デビューの際、岩崎宏美の妹だという事をアピールするため、
本名のままデビューする事になりました。ヨシリンは、芸名を付けて欲しかったそうです。
元気キャラと歌唱力で売っていたヒロリンとは違い、可愛いヨシリンの顔はアイドルにピッタリです。
もしアイドルらしい芸名を付けて、アイドルらしいキャッチーな曲でデビューしていたら、
同期で親友の松田聖子の、良きライバルになっていたかも知れません。
[33] 名前:名無しさん :2020/11/27 (金) 23:58:12 No.4773
4773.jpg (497KB)
月刊平凡の80年2月の、記事です。
この頃は毎月、歌手デビューする新人特集のコーナーがありました。
歌手としては、初めて月刊平凡に載っている記事ですが、その前に女優として活躍してたので、
その頃の記事も、見つけたら載せます。
[34] 名前:名無しさん :2020/12/15 (火) 02:14:39 No.4898
4898.jpg (494KB)
月刊明星の80年2月号の新人特集のコーナーでは、2ページにわたって紹介されています。
東京国際音楽祭と言えば、海外のシンガーが出演したり、
日本人では、しばたはつみ等の実力派歌手が出演する音楽祭でした。
その音楽祭に、いきなり新人のヨシリンが出演するのだから、
並みの新人とは桁外れの歌唱力が、既に認められていた事が判ります。

体重4000gもあジャンボサイズの赤ちゃんだったヨシリンは、デビュー時に、
姉のヒロリンより体重がある事を告白します。(夜のヒットスタジオで、言っていました。)
ヒロリンよりボインなので、その分だけ重いのかな?(冗談です。)
[35] 名前:名無しさん :2020/12/28 (月) 04:17:29 No.4999
4999.jpg (490KB)
月刊明星の80年2月号の、2ページ目です。
幼少の頃の岩崎3姉妹が写る時は、良くこの写真が使われるけど、このヨシリンを始め、
3姉妹がみんなお祭り好きだったからなんですね。
歌手になる気はなくても、小学1年の時から、先生に付いてレッスンを受けていたのは、
幼少の頃から、ヒロリンと一緒に歌うのが楽しかったからでしょう。

スポーツが得意なのも、ヒロリンと同じです。ヨシリンの場合は、テニスが特に得意で、
同じくテニス部だった榊原郁恵と、対戦しています。テニスをきっかけに仲良くなった
榊原郁恵とは、共通の目標であるダイエットを、一緒に始めました。親友の松田聖子とも、
テニス対決していますが、いつもヒロリンの圧勝で、聖子が悔しがっていました。
[36] 名前:ヨシリンのファン :2021/01/10 (日) 18:22:33 No.5101
アップロードしていただけて、ありがとうございます!しかし実は領土紛争には興味がございませんので
[37] 名前:名無しさん :2021/01/13 (水) 00:42:55 No.5125
5125.jpg (484KB)
月刊平凡の80年3月号の、1ページ目です。
初めてのレコーディングの様子が載っています。
ヨシリンがレコード制作に関して、しっかりと意見を述べ、意志の強い一面がある事は、
有名でしたが、デビュー当時から、自分自身でダメ出しを出す、
几帳面で完全主義者だった事が、分かります。
[38] 名前:名無しさん :2021/01/28 (木) 02:58:05 No.5244
5244.jpg (457KB)
月刊平凡の80年3月号の、2ページ目です。
体重を4kgぐらい減量と書いてあります。
34に載せた月刊明星の80年2月号には、身長158cm、体重49kg、B85・W59・H86
と書いてあるので、そこから4kgぐらい減量したのかな?
でも、アイドルの体重49kgは、本当は50kg以上あっても、本当の体重を公表すると
ファンが逃げる心配があるので、お約束の49kg表記が多かったですが。
[39] 名前:名無しさん :2021/02/12 (金) 04:46:25 No.5366
5366.jpg (157KB)
月刊平凡の80年3月号の、「これがスターのバッグだ」のコーナーからです。
付き人を付けず、大きなバッグを自分で抱えて楽屋入りしていたキョンキョンは、
大成しましたが、ヨシリンはどうだったのでしょう。
大きなバッグを自分で抱えて移動すれば、ダイエット効果には役立っていたでしょう。
[40] 名前:名無しさん :2021/02/27 (土) 03:17:55 No.5488
5488.jpg (481KB)
月刊明星の80年3月号の、1ページ目です。
ヨシリン流シェイプアップ法が、2ページに渡って載っています。
食事ダイエットは、高校1年の時から2回試みたけど、リバウンドするので、
シェイプアップ(体操)に切り替えました。

ヨシリンは、右上の写真を見れば分かるように、バストも大きいし、脚も長いのに、
それでも痩せたがるんですねぇ。親友の聖子が細いからでしょうか。
でも食事ダイエットより、シェイプアップの方が体にいいので、続けたのでしょう。
[41] 名前:名無しさん :2021/03/14 (日) 01:41:57 No.5625
5625.jpg (492KB)
月刊明星の80年3月号の、2ページ目です。
「風と共に去りぬ」のスカーレットは、子供を産むと、ウエストが49cmに戻らないと、
言われながら、メイドにギュウギュウ締め付けられていました。
キュッとくびれたウエストが、女の子の憧れでも、ウエストを49cmまで締め付けたら、
苦しくって、ヨシリンの得意な歌唱力が損なわれてしまうでしょう。

ぶら下がり式細腕育成体操は、太い木の枝を選ばないと、体重で折れてしまいそうです。
やっぱり、デビュー当時のヨシリンは、ちょっと太めで、
ここに載っているシェイプアップを続けて、中肉中背の体型になったのでしょう。
[42] 名前:名無しさん :2021/03/28 (日) 21:24:53 No.5743
5743.jpg (494KB)
月刊平凡の80年4月号の、1ページ目です。
成城学園の小・中学校時代の親友2人を呼んで、楽しいひな祭りをしています。
[43] 名前:名無しさん :2021/04/13 (火) 01:56:16 No.5858
5858.jpg (492KB)
月刊平凡の80年4月号の、2ページ目です。
成城学園の小・中学校時代の親友2人とは、すごい喧嘩をしてから仲良しになったそうです。
大人しそうな印象があるヨシリンにも、意外な面があったんですね。
[44] 名前:名無しさん :2021/04/29 (木) 04:17:23 No.5980
5980.jpg (214KB)
月刊平凡の80年4月号から、ヤングスターの受験テクニックのコーナーです。
ヨシリンの場合は、姉のヒロリンと同様、成城学園の初等学校→中学校→高等学校と、
エスカレーター式に進学し、堀越学園に転校したので、受験の苦労とは縁遠かったと思います。
それでも、「勉強は毎日の積み重ね」と言って、不得意科目のレポートを作るあたり、
真面目なヨシリンらしいです。
[45] 名前:名無しさん :2021/05/13 (木) 10:59:18 No.6110
6110.jpg (485KB)
月刊明星の80年4月号の、1ページ目です。
この頃は、私もコーヒーミルで豆を挽いて、ドリップで入れていました。
お気に入りは、トアルコ・トラジャでした。
友達の、コーヒーサイフォンを、羨ましく思っていました。
今じゃ、牛乳の半額で売っている、ペットボトルで済ませています。

如何にも太りそうな、甘いものが大好きなヨシリンですが、ダイエットを頑張っていたので、
アイドルとして成立する体型を維持出来ました。水着になる事が無かったので、
アイドルの中でも、意外にスタイルがいい事は、あまり知られていません。
顔の肌が綺麗なのは、刺激物が嫌いだからでしょう。
[46] 名前:名無しさん :2021/05/29 (土) 00:37:05 No.6229
6229.jpg (474KB)
↑45は、1ページだけでした。

月刊平凡の80年5月号は、構図からすると2ページ目を先に載せた方が良いので、そうします。
岩崎姉妹は、お父さんが剣道7段なので、みんな剣道を習っています。
姉のヒロリンは、オテンバだったので、剣道姿になってもサマになっていますが、
妹のヨシリンは、可愛くて大人しい性格なので、剣道姿が板についていない感じがします。
よく言えば、ミスマッチな魅力でしょうか。
[47] 名前:名無しさん :2021/06/13 (日) 00:13:40 No.6332
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月刊平凡の80年5月号の、1ページ目です。
ヨシリンが、剣道姿でCFに出る。という情報が書いてあります。
資生堂なので、シャワーコロンのCFでしょう。
「4年間、剣道で汗を流し身体をいっぱい動かしたから、
 大きな声も高い声も出るようになったのかもしれない」

ヒロリンは、「高い声を褒められるけど、あなたの魅力は中低音にある」と、
筒美京平先生からアドバイスされ、今は実感しているそうです。
ヨシリンの場合も、中低音と、あの透き通る高い声を、
自由に行き来する声の魅力にあると思います。
[48] 名前:名無しさん :2021/06/27 (日) 16:31:34 No.6437
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月刊平凡の80年5月号には、剣道繋がりで、こんな記事も載っています。
普段は大人しいヨシリンも、剣道姿になると、活発になるのかな?
平凡のベテラン記者が、ヨシリンの剣道の相手をして、打たれ放題打たれて、
ヨシリンの後援会の名誉会長に収まりました。
[49] 名前:名無しさん :2021/07/12 (月) 23:03:46 No.6533
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月刊平凡の80年5月号から、初恋の人を取り上げるコーナーです。
ヨシリンは、幼稚園の頃に初恋を経験した、おマセさんでした。
幼稚園の頃に初恋を経験した、おマセなアイドルは、理想が高くなり、
結婚が遅くなる場合が多い印象があります。
[50] 名前:名無しさん :2021/07/27 (火) 18:54:14 No.6634
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月刊明星の80年4月号の、2ページ目を載せるのを、忘れていました。
「最近、ヒロリンとじっくり話す時間がないんです。
 前はよく相談に乗ってもらったのに。」
もし、ヨシリンがヒロリンと同じ事務所に所属していたら、もっと相談に乗ってもらったり、
事務所から「姉のレコードは聞く」とも言われなかった事でしょう。

でもヒロリンが所属する芸映プロは、この頃「秀樹の妹・弟募集」で忙しかった事、
合格した人(結果は、河合奈保子)の売り出しに忙しくなるので、
ヨシリンは所属させてもらえなかったのだと思います。
[51] 名前:名無しさん :2021/08/12 (木) 20:38:08 No.6730
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月刊明星の80年5月号から、堀越学園の卒業式の写真です。
80年歌手デビューのヨシリンと聖子は、スカウト組で、
78年デビューの石野真子と渋谷哲平は、「スター誕生」出身です。
スタ誕出身が主流だった70年代アイドルから、80年代アイドルは異なって行くのが、
象徴されているように見える4人です。
[52] 名前:名無しさん :2021/08/27 (金) 22:21:05 No.6824
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月刊平凡の80年6月号の、1ページ目です。
テレビ(歌番組)でのデュエットは、84年の「ミュージック・フェア」出演まで、
無かったヒロリン・ヨシリン姉妹ですが、
雑誌では、ヨシリンの歌手デビューの頃に、何冊かで共演しています。

「いつの日か、デュエットできれいなハーモニーを聞かせてくれるのを、楽しみにしている。」
ヨシリンが、歌手に復帰してから、200年代後半には、姉妹コンサートを行った二人。
最近でも、ヒロリンのカバーアルバムで、デュエットが必要な時は、
ヨシリンが駆けつけるという、仲の良い姉妹です。
[53] 名前:名無しさん :2021/09/12 (日) 14:01:14 No.6916
6916.jpg (484KB)
月刊平凡の80年6月号の、2ページ目です。
生まれ故郷の深川で、ガンバロンとミルミルを抱いて、談笑しているヒロリン・ヨシリン姉妹です。
ヒロリンの方がガンバロンで、ヨシリンの方がミルミルかな?
[54] 名前:名無しさん :2021/09/28 (火) 22:05:02 No.7016
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月刊平凡の80年6月号の、3ページ目の上です。
東京でも下町は、地方都市と同じような風景が残っていて、いいですね。
金魚すくいは、今でも残っているのかな?
コロナ禍が終わったら、お祭りで再開するかも知れません。
[55] 名前:名無しさん :2021/10/15 (金) 12:47:13 No.7112
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月刊平凡の80年6月号の、3ページ目の下です。
「ヒロリン」「ヨシリン」と呼び合う岩崎姉妹。
姉の宏美は、他のアイドルに対しても、ゴロリン(野口五郎)、モモリン(山口百恵)、
ジュンリン(桜田淳子、ちょっとゴロが悪いけど)などと、読んでいました。

妹の良美は、宏美ほど開放的な性格ではないので、他のアイドルには使っていませんでした。
ちなみに、親友の松田聖子に対しては、ノリ(聖子の本名の法子から)と呼んでいました。
でも、ドラマで共演して仲良くなった榊原郁恵の事は、イクリンと呼んでいました。
本当に仲良くなると、言えるのでしょう。
[56] 名前:名無しさん :2021/10/31 (日) 22:43:18 No.7210
7210.jpg (492KB)
月刊平凡の80年6月号の、4ページ目の上です。
妹のヨシリンに、「若秩父関の恰好をしてみて」と言われ、気軽にするヒロリン。
ヨシリンのデビュー時、夜ヒットに出演した時、姉のヒロリンと、
どっちが体重があるかと聞かれ、自分の方が体重がある。と答えています。

当時は、ヒロリンの方が体重があると思っていたので、意外に思えましたが、
ヒロリンは、若秩父関のマネを気軽にするから、そういうイメージがあったのでしょう。
夜ヒット等の再放送でヒロリンを見ると、自分のイメージより痩せていました。
[57] 名前:名無しさん :2021/11/16 (火) 18:33:27 No.7298
7298.jpg (492KB)
月刊平凡の80年6月号の、4ページ目の下です。
せんべい屋さんの他にも、ヒロリンは、きんつば屋さんにも良く通っていて、
コロッケを連れて、きんつば屋さんに行ったテレビ番組がありました。
ヨシリンは、最近あまりテレビに出ないので、ヒロリン・ネタで勘弁です。
[58] 名前:名無しさん :2021/12/02 (木) 20:35:32 No.7394
7394.jpg (147KB)
月刊明星の80年6月号から、ファンクラブのインフォメーションです。
[59] 名前:名無しさん :2021/12/18 (土) 20:28:29 No.7490
7490.jpg (185KB)
近代映画の80年6月号から、口絵のブロマイドです。
この時点(発売日は、80年4月下旬)では、80年代アイドルは岩崎良美のみで、
他は、石野真子・山口百恵・渋谷哲平・久保田早紀・藤谷美和子が載っていました。
[60] 名前:名無しさん :2022/01/05 (水) 00:26:01 No.7606
7606.jpg (478KB)
近代映画の80年6月号の、1から2ページ目です。
4ページ目まで、ヒロリン・ヨシリンの2ショットが続きます。
これは、8に載せた小さな画像が、2ページ連結で大きく載っています。
[61] 名前:名無しさん :2022/01/19 (水) 23:28:00 No.7703
7703.jpg (493KB)
近代映画の80年6月号の、3ページ目です。
ヒロリンが赤い車、ヨシリンが白い車です。
この頃のヒロリンは、大人っぽい歌を歌っていたので、赤い車にしたのでしょう。
まだ新人のヨシリンは、まだ色(個性)が付いていないという意味で、白い車にしたのでしょう。
でも、帽子は逆にしている事から、仲の良い姉妹である事が分かります。
[62] 名前:名無しさん :2022/02/04 (金) 22:07:49 No.7815
7815.jpg (492KB)
近代映画の80年6月号の、4ページ目の上です。
ヒロリンは、最近ゴロリン(野口五郎)とデュエット曲を出しています。
70年代に噂が立った、伊藤咲子と城みちるも、デュエット曲を出しています。
80年代アイドルは、女性同士がグループを組んで歌う事はあっても、
男女のデュエットは、まだないようです。
ヨシリンだったら、男女のデュエットも、違和感なく出来そうが気がします。
[63] 名前:名無しさん :2022/02/20 (日) 14:29:40 No.7906
7906.jpg (414KB)
近代映画の80年6月号の、4ページ目の下です。
仲の良いヒロリン・ヨシリン姉妹ですが、ヨシリンの事務所が、
姉と声質が同じなので、歌い方も同じにならないよう、姉の歌を聴くな。と禁止令を出します。
ヒロリンの曲が大好きなヨシリンは、この禁止令で、かなり落ち込んだようです。
84年頃、ミュージック・フェア(だと思う)で、テレビでの姉妹デュエットはありましたが、
姉妹コンサートは、2008年頃、ようやく実現しました。
[64] 名前:名無しさん :2022/03/08 (火) 23:13:31 No.7990
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近代映画の80年6月号には、渋谷哲平との対談が、6ページに渡って載っています。
その1ページ目です。
51に載せた4人は、堀越高校の80年卒業生です。石野真子だけ、1歳年上で、
他の三人は同学年です。でも、歌手デビューは、渋谷哲平と石野真子が78年で、
ヨシリンや聖子より2年先輩になります。渋谷哲平と石野真子は、同じスタ誕出身という事もあり、
スタ誕の先輩の城みちる・伊藤咲子にように、噂になったカップルでした。

歌手デビューが2年早い渋谷哲平でも、無事卒業出来たのに、ヨシリンは歌手デビュー前に、
ドラマや舞台の仕事をしていた事と、歌手デビュー時が卒業試験と重なった事で、
卒業が危ぶまれていたんですね。石野真子のように留年しなくて良かったです。
[65] 名前:名無しさん :2022/03/10 (木) 00:18:05 No.7998
今現在、どうしているのかな?
[66] 名前:名無しさん :2022/03/25 (金) 06:17:46 No.8079
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近代映画の80年6月号の、渋谷哲平との対談の、2ページ目です。
渋谷哲平って、中身は結構三枚目で、面白い人なんですね。
サン・ミュージックの1年先輩の太川陽介みたいな感じでしょうか。
サン・ミュージックと言えば、女性アイドルばかりが目立ちますが、70年代後半には、
男性アイドルにも力を入れていたようです。渋谷哲平は、レッツゴー・ヤングでは、
川崎麻世と一緒に、ジョイントコーナーまでありました。

ヨシリンも、ヒロリンや渋谷哲平のように、アイドルが多い大手事務所に入っていれば、
もっとブレイクしていたかも知れません。でも、水着撮影はダメとか、
LPをシングルより優先して制作するとかの自己主張は、通らなかったと思います。
自己主張を通すために、アイドルとは無縁の六本木オフィスを選んだのでしょうか。
ヨシリンは、それほど行動力があるタイプではないので、たまたまスカウトしてくれたのが、
六本木オフィスで、ドラマ制作もやっていたので、ドラマ出演の後、歌手デビューしたのでしょう。
[67] 名前:名無しさん :2022/04/10 (日) 22:15:39 No.8161
8161.jpg (486KB)
近代映画の80年6月号の、渋谷哲平との対談の、3ページ目です。
(対談は、全部で4ページの間違いでした。)
私も、渋谷哲平が言う通り、ヨシリンには明るい曲が似合うと思いますが、
ヨシリン自身が、しっとりした曲調が好きなので、デビュー曲から、
しっとりした曲と、明るい曲を、交互にリリースしたのでしょう。

もっと明るい曲で、ガンガン行けば、姉のヒロリンとの差別化が出来たでしょうが、
そうすると、親友の聖子とバッティングするので、難しい判断だった事でしょう。
ヨシリンの、あっけらかんとした性格は、小学〜高校の途中まで成城学園で育ったから
だそうです。堀越でも、寝起きのような髪型で通っていましたが、仕事では、
さすがに髪の毛は本番までには綺麗にしています。(当時は、自分でヘアメイクする時代)

堀越の卒業がギリギリだったので、その時の大学進学は諦めましたが、
昨年、大学院の修士課程に進学したそうなので、その前には大学へ進学しているはずです。
[68] 名前:名無しさん :2022/04/28 (木) 10:42:07 No.8237
8237.jpg (480KB)
近代映画の80年6月号の、渋谷哲平との対談の、4ページ目です。
音楽に合わせて踊るのが好きと言っているので、2曲目「涼風」の後は、
4曲目「I THINK SO」や、7曲目「ごめんねDarling」のような、弾んだ歌を連発し、
ダンサブルに踊れば、姉のヒロリンとも、親友の聖子とも違う、独自に道を進めたと思います。
渋谷鉄平が言うように、ヒロリンとは違う、ヨシリン独自の声で。
ドジをしても、憎めないキャラとも、上手くマッチ出来たでしょう。

ダンスと言う点では、渋谷鉄平は、川崎麻世と共に、レッツゴーヤングで、
ジョイントで良く歌い、踊っていました。ヨシリンには食われませんでしたが、
たのきんトリオに食われました。ちなみに、渋谷鉄平や川崎麻世は、
田原俊彦より若いんですけどね。
[69] 名前:名無しさん :2022/05/14 (土) 21:47:20 No.8322
8322.jpg (490KB)
近代映画の80年6月号には、「スターダッシュNo.1」の記事も、載っています。
その1ページ目(半ページ分)です。
歌手デビュー当時に、榊原郁恵と共演したドラマであり、このドラマ撮影がきっかけで、
ヨシリンは郁恵ちゃんと仲良くなりました。

出演者には、ヨシリンと同期の中山圭子もいます。中山圭子は、サンミュージック所属で、
ヨシリンと親友の聖子よりも、大々的に売ろうとしていた存在です。
でも、デビュー曲のCMタイアップが、商品の欠陥が見つかった事で無くなり、
聖子をプッシュするように変わりました。その頃の出演番組なので、
ヨシリンは、聖子からその事を聞いているかも知れません。
[70] 名前:名無しさん :2022/05/31 (火) 18:36:09 No.8400
8400.jpg (488KB)
近代映画の80年6月号の、「スターダッシュNo.1」の記事の、2ページ目です。
両親が離婚し、さみし気な感じの女の子を演じるヨシリンは、
「私はニギヤカな女の子だし、両親とも仲が良いから」と言っていますが、
姉のヒロリンと比較すれば、さみしがり屋で、ロマンチックなところがあると思います。
[71] 名前:名無しさん :2022/06/17 (金) 04:19:21 No.8479
8479.jpg (491KB)
近代映画の80年7月号には、親友・松田聖子との比較グラビアが、
3ページに渡って載っています。その1ページ目〜2ページ目の右端です。
90度回転された方が、見やすいので、回転させました。
このカットは、7に載せたカットの、オリジナルになります。
三原順子が売れ始める80年末を除くと、80年は、良美と聖子が、世間ではライバル関係でした。
[72] 名前:名無しさん :2022/06/30 (木) 17:11:23 No.8541
8541.jpg (476KB)
ここからは、ハリコの時に載せた画像のレタッチ版を貼って行きます。
これは、81年12月4日リリースの4thアルバム「心のアトリエ」のジャケット裏です。
(ジャケット表は、次スレのスレ画にする予定です。)

姉の岩崎宏美に声が似ている事や、歌唱力が高い事により、
デビュー当時からハイブローな楽曲を多く歌っていました。
しかし、このアルバムに収録されている7thシングル「ごめんねDarling」で
尾崎亜美に出会い、ポップな魅力が開花しました。
私がファンになったのも、この頃です。

デビュー当時からこの路線を歩んでいれば、もっと売れたと思います。
ちなみに、このアルバムには、クリスマスソングを収録した
17cmドーナツ盤が付いていて、お得でした。
[73] 名前:名無しさん :2022/06/30 (木) 17:16:41 No.8542
8542.jpg (472KB)
↑72の訂正:81年12月4日→81年12月5日

82年6月21日発売の5thアルバム「Cecile」ジャケット表です。
岩崎良美の魅力は、何といってもアルバムの完成度の高さです。
アイドル歌手としては、前例のないアルバム先行で製作されました。
私も、アルバムばかり買っていて、シングルは買いませんでした。
ファンがこれでは、シングルチャート上位にはいきませんね。
「タッチ」3部作のみ異質に感じるのは、ヒット狙いのシングル作りだったからです。
[74] 名前:名無しさん :2022/06/30 (木) 17:20:20 No.8543
8543.jpg (324KB)
5thアルバム「Cecile」ジャケット裏です。
完成度が高いアルバム展開の中で、4thアルバム「心のアトリエ」から
ポップな魅力が開花し、6th・7thアルバムに受け継がれました。
その中で、5thアルバム「Cecile」は、ある意味異質です。
ヨーロピアンサウンドを取り入れながら、後の荻野目洋子やWinkのユーロビートとも異なる
作品群は、どれも新鮮で、覚えやすい曲ばかりです。

「愛してモナムール」「どきどき旅行」「バカンス」と、覚えやすい曲調のシングルを、
3曲も収録しながら、他の曲もシングル候補に出来る曲が揃っています。
特に「想い出Rainbow」「私の恋は印象派」は、一度聴いたら、サビの部分が耳から離れません。
岩崎良美のアルバムを1枚だけ選ぶとしたら、これが断然お勧めです。
[75] 名前:名無しさん :2022/06/30 (木) 17:22:14 No.8544
8544.jpg (270KB)
83年3月21日発売の6thアルバム「唇に夢の跡」のジャケット表です。
4thアルバム「心のアトリエ」の続編とも言える、
ポップなチューンが連続するアルバムに仕上がっています。
[76] 名前:名無しさん :2022/06/30 (木) 17:24:27 No.8545
8545.jpg (360KB)
5thアルバム「唇に夢の跡」のジャケット裏です。
12thシングル「恋ほど素敵なショーはない」から始まるポップな曲の連続の中に、
11thシングル「化粧なんて似合わない」は、収録されていません。
例え尾崎亜美作品でも、ミディアムテンポの曲は、アルバムの趣旨に沿っていないので
収録しない、というアルバム重視の考え方が貫かれています。
その代わり、尾崎亜美のアルバムに収録されている「WHO?」をカバーしています。
[77] 名前:名無しさん :2022/07/04 (月) 15:59:12 No.8561
8561.jpg (466KB)
ハリコの時の、他の方が貼った画像」も、載せて行きます。
これは、アニメ「タッチ」の主題歌第三弾となった、86年6月5日リリースのシングル
「チェッ!チェッ!チェッ!」の、レコードジャケットです。
私は、アニメ「タッチ」関連の曲では、その前の主題歌第二弾「愛がひとりぼっち」が、
一番好きでした。ヨシリン唯一の、オリコントップ10に入ったヒット曲にもなりました。
[78] 名前:名無しさん :2022/07/04 (月) 16:03:27 No.8562
8562.jpg (403KB)
ハリコの時の、他の方が貼った画像です。
81年のカレンダーから、3月がヨシリンです。
多分、12人が載っている雑誌付録のカレンダーだと思います。
[79] 名前:名無しさん :2022/07/04 (月) 16:14:28 No.8563
8563.jpg (450KB)
ハリコの時の、他の方が貼った画像です。
スコラの84年8月9日号の、1〜2ページ目です。
オシャレ娘と書いてあるように、デビュー当時のハマトラ・ファッションから始まり、
いろいろなファッションを楽しんでいました。
[80] 名前:名無しさん :2022/07/04 (月) 16:32:15 No.8564
8564.jpg (347KB)
ハリコの時の、他の方が貼った画像です。
スコラの84年8月9日号の、3ページ目です。
プロフィールに書いてある、ドラマ「真夜中の匂い」は、3年前にCSの再放送で見ました。
紺野美沙子・中村久美とヨシリンの同世代女性3人が主役のドラマです。
同世代女性3人が主役のドラマは、「想い出つくり」のヒットをきっかけに、
当時流行っていました。

ヨシリン出演のドラマでは、「スクール・ウォーズ」のマネージャー役が、好きでした。
牛乳配達をしながら、ラグビー部員たちの洗濯や、各部員の長所・欠点をノートに纏める、
一生懸命なマネージャー役を、自然な演技でこなしていました。
[81] 名前:名無しさん :2022/07/04 (月) 16:57:06 No.8565
8565.jpg (147KB)
ハリコの時の、他の方が貼った画像です。
82年7月21日リリースの10枚目の両A面シングル「Vacance/マルガリータガール」
のジャケットです。ヨシリンのシングル・アルバム含めて、私が一番好きな曲です。
この曲の作曲が、頭脳警察のパンタである事は、最近知りました。
パンタは、頭脳警察では過激な詩・曲を書きますが、アイドル等への提供曲は、
ヒット狙いのポップな曲を書いていると、言っています。
[82] 名前:名無しさん :2022/07/08 (金) 20:05:09 No.8580
8580.jpg (416KB)
83年11月21日発売の7thアルバム「Save me」のジャケット表です。
4thアルバム「心のアトリエ」、6thアルバム「唇に夢の跡」に続いて、
躍動感あふれる岩崎良美サウンドに浸れる、ポップなアルバム3部作の完結編です。
白い帽子が良く似合うアルバムジャケットも、明るい気分にさせてくれます。
[83] 名前:名無しさん :2022/07/08 (金) 20:07:00 No.8581
8581.jpg (440KB)
7thアルバム「Save me」のジャケット裏です。
尾崎亜美作品では、14thシングルになった「月の浜辺」より、
アルバムのタイトルチューン「Save me...お願い」の方が、更に躍動感にあふれています。
15thシングル「オシャレにKiss me」とともに、澄みきった声が、
心地よい気分にさせてくれます。
[84] 名前:名無しさん :2022/07/08 (金) 20:29:32 No.8582
8582.jpg (16KB)
自炊画像を貼ると、エラーになるので、
テスト的に、ハリコの時の、他の方が貼った画像を、貼ってみます。
[85] 名前:名無しさん :2022/07/08 (金) 20:44:16 No.8583
8583.jpg (233KB)
自炊画像で、レコードジャケットではない画像を、貼ってみます。
DUNKの84年12月号から、有名人がよく通う店のコーナーです。
ケーキ通のヨシリンがおススメの店です。
[86] 名前:名無しさん :2022/07/08 (金) 20:48:47 No.8584
8584.jpg (174KB)
上手く貼れたので、もう1枚。
熱烈投稿の85年8月号から、素人が撮った写真です。
ヨシリンの珍しいパンチラ姿です。
[87] 名前:名無しさん :2022/07/12 (火) 20:17:24 No.8599
8599.jpg (292KB)
文章を書くとエラーになるので、次レスでjpg化します。
[88] 名前:名無しさん :2022/07/12 (火) 20:28:28 No.8600
8600.jpg (103KB)
87の、jpg化した文章です。
[89] 名前:名無しさん :2022/07/12 (火) 20:31:53 No.8601
8601.jpg (379KB)
これも文章を書くとエラーになるので、次レスでjpg化します。
[90] 名前:名無しさん :2022/07/12 (火) 20:34:30 No.8602
8602.jpg (118KB)
89の、jpg化した文章です。
[91] 名前:名無しさん :2022/07/12 (火) 20:36:12 No.8603
8603.jpg (478KB)
80年7月21日発売の1stアルバム「Ring-a-Ding」のジャケット表です。
最初のアルバムらしく、オーソドックスな構図のジャケットです。
1stから3rdまでは、3rdアルバムがリリースされた当時(81年中旬)、
急速に普及していった貸しレコード屋で借りて、カセットテープに録音していました。
寺尾聰の「Reflections」や、大瀧詠一の「A LONG VACATION」が大ヒットしていた頃です。
[92] 名前:名無しさん :2022/07/16 (土) 20:40:04 No.8617
8617.jpg (90KB)
ハリコの時に、他の方が貼った画像です。

7月18日(月) PM8:00〜8:54 BS日テレ の
「歌謡プレミアム」で、岩崎良美特集を放送します。
1時間の番組に、単独で出演するのは、久しぶりなので、楽しみです。
[93] 名前:名無しさん :2022/07/16 (土) 20:43:47 No.8618
8618.jpg (45KB)
ハリコの時に、他の方が貼った画像です。テニス姿(その1)
デビューした80〜82年頃は、ダイエットを兼ねて、テニスをしていました。
[94] 名前:名無しさん :2022/07/16 (土) 20:49:21 No.8619
8619.jpg (125KB)
ハリコの時に、他の方が貼った画像です。テニス姿(その2)
月刊明星の81年3月号からです。
これは雑誌を持っているので、かなり後になるけど、自炊画像も貼ります。
[95] 名前:名無しさん :2022/07/16 (土) 21:03:48 No.8620
8620.jpg (106KB)
しゃんばらの時に、他の方が貼った画像です。テニス姿(その3)
月刊明星の81年10月号から、一部をトリミングしたカットです。
これもこれは雑誌を持っているので、かなり後になるけど、ノートリミングの自炊画像も貼ります。
「スターダッシュNo.1」(69・70参照)で、榊原郁恵と仲良くなったヨシリンは、
月刊平凡の80年10月号の対談で、ダイエットの話で盛り上がり、
1年越しの約束として、この雑誌で、榊原郁恵とのテニス対決をしています。
[96] 名前:名無しさん :2022/07/16 (土) 21:18:18 No.8621
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ハリコの時に、他の方が貼った画像です。これも、テニスの前か後の姿かな?
堀越の3年のクラスメート時代から親友の聖子とは、雑誌で何度も対談し、
テニスの約束もしていますが、忙しい二人なので、実現したのは、
月刊明星の82年7月号です。
[97] 名前:名無しさん :2022/07/20 (水) 20:46:37 No.8638
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80年7月21日発売の1stアルバム「Ring-a-Ding」のジャケット裏です。
まだアルバムが、2,500円の頃です。この後すぐに2,800円に値上がりしました。
シングルは、ハイブローな楽曲が続き、試行錯誤していましたが、
アルバムには、キラッと光るポップな曲が収録されています。
1st→2nd→3rdと、回を重ねる度に、ポップな曲が多くなり、
4thアルバム「心のアトリエ」で、全開になりました。
[98] 名前:名無しさん :2022/07/20 (水) 20:49:14 No.8639
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80年12月21日発売の2ndアルバム「SAISONS」のジャケット表です。

私の独断と偏見による、岩崎良美の曲ベスト10です。
名曲揃いなので、10曲に絞り込むのが大変でした。
第10位は、21thシングル「愛がひとりぼっち」です。
タッチ3部作を含めた、84年以降の曲の中では、これが一番好きです。
ヒット狙いの曲調で、万人受けするメロディラインなのは、「タッチ」と同じですが、
よりドラマチックに盛り上がるので、岩崎良美の歌唱力が光ります。
[99] 名前:名無しさん :2022/07/20 (水) 20:50:55 No.8640
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2ndアルバム「SAISONS」のジャケット裏です。

私の独断と偏見による、岩崎良美の曲ベスト10。
第9位は、3rdアルバム「Weather Report」のオープニング曲「Good day,sunshine」です。
尾崎亜美と出会う前の曲の中では、これが一番好きです。
4thアルバム「心のアトリエ」から始まる、躍動感あふれる岩崎良美サウンドを予感させる
ドライブ感に満ちたサウンドです。
[100] 名前:名無しさん :2022/07/20 (水) 20:53:29 No.8641
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81年7月21日発売の3rdアルバム「Weather Report」のジャケット表です。

私の独断と偏見による、岩崎良美の曲ベスト10。
第8位は、7thシングル「ごめんねDarling」です。
同じ尾崎亜美作品の14thシングル「月の浜辺」や、
15thシングル「オシャレにKiss me」(これは尾崎亜美ではない)の3曲が同じぐらい好きです。
3曲とも、ポップな曲調と、岩崎良美の澄んだ可愛い声が、見事にマッチした曲です。
「ごめんねDarling」が、尾崎亜美と出会った作品なので、代表させます。

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