早見優3
[1]
名前:名無しさん
:2022/03/14 (月) 22:59:38 No.8033
[31]
名前:名無しさん
:2022/05/25 (水) 10:57:32 No.8371

BOMBの84年7月号の、2ページ目は、載せていないのに何故だか重複エラーになるので、
BOMBの84年8月号の、6ページ目を先に載せます。
[32]
名前:名無しさん
:2022/05/29 (日) 20:52:06 No.8391

MOMOCOの84年6月号から、インフォメーションコーナーです。
29で、映画「零戦燃ゆ」出演を、ドラマを含めて初演技と書きましたが、
月曜ドラマランドの「うっふんレポート」の方が、先でした。
優のコンサートは、外国曲を歌うの普通だと思っていたのですが、
実際にメインで歌い始めたのは、この頃からだったんですね。
ちなみに、先日70年代〜80年代初のアイドル9人を集めた番組に出演しました。
あいざき進也が、英語の歌の発音で苦労した話をした時、
優ちゃんは、英語の歌得意でしょう。と振られ、当時は自分の歌の歌詞の英語部分を、
ネイティブ・イングリッシュで歌うと、聴いている人が分からないから、
わざと日本語っぽい英語で歌っていた。と、言っていました。
きっと、この頃から外国曲は、ネイティブ・イングリッシュで歌うようになったのでしょう。
[33]
名前:名無しさん
:2022/05/29 (日) 21:08:46 No.8392

MOMOCOの84年7月号から、インフォメーションコーナーです。
優と秀美の、それぞれのマネージャーの「みにくい争い」が、書いてあります。
秀美のマネージャーは、優が秀美をコンビニに誘って一緒に買い物をした時、
「うちの子を不良にするつもりか」と怒ったマネージャーかも知れません。
アイドル同士は仲が良くても、マネージャーは違うので、マネージャーから解放される、
水泳大会の前のり(前日宿泊)の時は、みんなで楽しそうに遊んでいたのでしょう。
堀越の修学旅行は、マスコミが同行して取材するそうです。この時は、優が前半3日間行って、
ちえみとバトンタッチして、後半はちえみが行っていました。
売れてない松本明子(優やちえみと同級生)は、修学旅行にも全日程参加したのに、
雑誌には、自分のところからカットされた写真が載っていた。と嘆いていました。
[34]
名前:名無しさん
:2022/06/02 (木) 19:54:22 No.8408

BOMBの84年8月号の、5ページ目(インタビュー)です。
「Me☆セーラーマン」と「ビューティフル ライバル」が両A面なら、誰が聞いても、
「ビューティフル ライバル」の方が、優にピッタリの良い曲なので、
何故、これをテレビで歌わなかったのでしょう。「夏色のナンシー」→「渚のライオン」の、
83年春から夏の流れを、84年も、「誘惑光線・クラッ!」→「Me☆セーラーマン」で
作ろうとしたのかも知れませんが、2番煎じでは、ファンに見抜かれます。
「肉付きも良くなって、色っぽくなった」という褒め言葉に、
「3キロ増えちゃったんですよね。でも、ムネとか肝心なところに付かないで、
お腹に付いちゃうから。痩せる時は、ムネから痩せるでしょう。」
と、ついホンネを漏らす優ちゃん。でも、この頃のビキニ姿が、素敵なので、
4ぺージ目のビキニ姿を、次のスレ画にします。インタビュアーが「太った他に...」
というと、うって変わって「太ったー!!」と叫ぶあたり、スタイルに敏感なアイドルらしいです。
[35]
名前:名無しさん
:2022/06/02 (木) 20:13:26 No.8409

BOMBの84年10月号の、1ページ目です。
(34の続き)
「グレムリン」は、最初に飼った犬」の名前です。映画の中のグレムリンも、
中国人が売っていました。中国の犬なので、そこからこの名前にしたのでしょう。
20代になって飼っダスティは、母の死、父との再会、今の旦那との付き合いと結婚という、
優の人生の分岐点を、見守った犬になりました。今の旦那との再会は、
上智大学に入ってからなので、この頃彼がいないのは、本当でしょう。
映画「零戦燃ゆ」について、「この年で、自然な演技力は見どころですよ。」と、
強気な発言。伊代ちゃんが強気な発言をするのは、有名ですが、優ちゃんも
強気な発言をするので、大人になってから、特に仲が良くなったのかも知れません。
[36]
名前:名無しさん
:2022/06/06 (月) 18:53:40 No.8426

アクションカメラの84年6月号から、優・徹底大研究の1ページ目です。
東京でのテンポの速い生活と、ハワイでのゆっくりとした生活に違いを、
具体例を挙げて説明しています。マネージャーの市瀬氏は、
「スケジュール表を真っ黒にしないとイライラする」という業界でも評判の
マネージャーだそうで、担当するアイドルが、大らかな性格の優で良かったです。
[37]
名前:名無しさん
:2022/06/06 (月) 20:50:08 No.8427

アクションカメラの84年6月号から、優・徹底大研究の2ページ目です。
初ドラマ「うっふんレポート」は、この後の貼る予定のアイドル・プレスに
詳しく載っていますが、なんで月曜ドラマランドは、CSでなかなか再放送されないのでしょう。
80年代アイドル特集は、ドラマも含めて、よくやっているのに。
左上のレコード・ジャケットでは、右の「夏色のナンシー」より前と、
「夏色のナンシー」発売後で、明らかに表情が違います。これがトップアイドルになった
自信かも知れません。「夏色のナンシー」では、口を大きく開いて、
思いっきり笑顔になる事を、優自身が提案し、実現したそうです。
以降のジャケットは、みんな思いっきり笑顔を見せています。
[38]
名前:名無しさん
:2022/06/10 (金) 19:40:12 No.8451

BOMBの84年10月号の、2〜3ページ目です。
19歳と書いてありますが、18歳の間違いです。優は、66年9月2日生まれです。
夏に続いて、2本目のドラマ出演と、秋のコンサート・ツアーで忙しい優。
83年組の同窓会番組で、松本明子が「82年組の皆さんは、83年によりパワーアップしている
ので、私たちが入り込む余地がなかった。」と言っていますが、84年は更にパワーアップ
しています。キョンキョン・明菜はもちろん、優・秀美・ちえみもそうです。
[39]
名前:名無しさん
:2022/06/15 (水) 00:26:37 No.8469

アクションカメラの84年6月号から、優・徹底大研究の3ページ目です。
好きな男性のタイプは、思いやりがあり、しっかりリードしてくれる人。と言っていますが、
結婚して25年以上経つと、優の方が旦那をリードしているように見えます。
体力があるとはいえない方なので、健康に注意をすれば、芸能活動は順調との事。
風邪を引きやすいのも、体力面が原因なのかも知れません。
最近では、ズンバという踊りのインストラクターの資格を取り、体力アップに努めていまえす。
[40]
名前:名無しさん
:2022/06/15 (水) 00:49:03 No.8470

アイドルプレスの84年6月号から、月曜ドラマランド「うっふんレポート」の記事です。
アルテア星に住む高校生役で、地球に着て、生活習慣の違いから、ハプニングの連続となる
ドラマだそうです。3歳から海外生活を送ってきた優は、ハワイから日本に戻って、
日本の習慣や、アイドル界の奇妙な慣例に、戸惑っていたので、ピッタリの役だと思いました。
月曜ドラマランドは、主演するアイドルのキャラに合わせたストーリーを作るのが、
得意なドラマ枠ですが、中でもこのドラマは、その趣旨にピッタリな感じがします。
[41]
名前:名無しさん
:2022/06/19 (日) 07:02:53 No.8487

DUNKの84年9月号から、映画「零戦燃ゆ」の記事です。
「(男優陣を挙げ)ここまで渋めにせまると、ちと重いんだけど、
我らが早見優ちゃんが、かわゆく咲くのである。」
さすがDUNK。優の出演効果を、簡潔に表現しています。
[42]
名前:名無しさん
:2022/06/19 (日) 07:28:25 No.8488

DUNKの84年9月号には、DUNK第一図鑑として、アルバムが解説付きで載っています。
普通、優の曲を語る時は、「夏色のナンシー」以前は暗い曲が多く、
「夏色のナンシー」で弾ける。と、短絡的な表現が多いのですが、DUNKは違います。
「初期から徹底したポップス志向。洗練された音作り。優の底抜けハワイ的明るさ。
代表作は「Love Light」」と、初期の魅力を表現しています。
「夏色のナンシー」以降は、シンセサイザーを導入し、ポップで耳ざわりの良い音に変化。
ガチガチ・アメリカン・ポップスから、日本風ポップスへ変化した事が、
優がトップアイドルへ駆け上がった要因である事を、鋭く分析しています。
[43]
名前:名無しさん
:2022/06/23 (木) 16:16:31 No.8509

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の1ページ目です。
スレ画のように、前の方から撮ると、バストも少しづつ成長してる感じの優ちゃんですが、
真横から撮ると、コメントにもあるように、胸がイマイチです。
[44]
名前:名無しさん
:2022/06/23 (木) 16:20:53 No.8510

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の2ページ目です。
これだけ短いミニ・スカート?なら、アンダースコートを履くのは、当然でしょう。
[45]
名前:名無しさん
:2022/06/27 (月) 15:37:44 No.8528

アクションカメラの84年9月号から、夏の告知です。
ライブビデオ・ライブカセット(音のみ)・新曲「Me☆セーラーマン/ビューティフル ライバル」
特別限定版LP・映画「零戦燃ゆ」・よみうりランド・イーストでの野外ライブと、
6種類もの告知・紹介をしています。やはり、夏は優の季節です。
ちなみに、45回転のアナログレコードでも、3曲以上収録すると、
12インチシングルではなく、LPに分類されました。
[46]
名前:名無しさん
:2022/07/01 (金) 14:58:20 No.8548

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の3ページ目の右上です。
ミニ・スカートでも、これだけ大きく捲れて、アンダース・コートが、
これだけ露出している写真は、珍しいです。
キョンキョンは、この写真を見て、紅白の衣装を考えついたのかな?
時期的には、合いますね。
[47]
名前:名無しさん
:2022/07/01 (金) 15:04:01 No.8549

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の3ページ目の右下です。
これは、44と同じ衣装です。ちえみは、帽子を被る事が多かったけど
(帽子専用のスタイリストがいたそうです)、優の帽子を被った姿は珍しいです。
でも、似合っていますね。
[48]
名前:名無しさん
:2022/07/05 (火) 17:14:05 No.8568

MOMOCOの84年10月号から、インフォメーションコーナーです。
優は、ハワイ育ちなので、盆踊りの動きには不慣れなのでしょう。
「欽どこ」では、悪戦苦闘していました。
さんまの女性タレント・ベスト10って、この頃からやっていたんですね。
この頃は、村上ショージの「何を言う、早見優」のギャグは、
「オレたちひょうきん族」で、やっていたようです。
ジミー大西が、憧れの早見優と会ったのも、この頃だと思います。
[49]
名前:名無しさん
:2022/07/05 (火) 17:24:59 No.8569

アクションカメラの84年10月号からの、記事です。
新曲「Me☆セーラーマン」のキャンペーンで、国立競技場から、メッセージカード付きの
風船を1000個打ち上げた事を、レポートしています。
ヒット祈願と言うと、演歌の人みたいになるけど、新曲キャンペーンは、
派手にやればやるほど、人気アイドルのステータスになる時代でした。
ちなみに、70年代アイドルの頃から、派手な新曲キャンペーンはあったので、
バブルの影響ではないです。
[50]
名前:名無しさん
:2022/07/09 (土) 14:11:05 No.8587

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の3ページ目の左上です。
[51]
名前:名無しさん
:2022/07/09 (土) 14:35:59 No.8588

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の3ページ目の左中央です。
左上と同じ人の撮影です。動きのある水泳大会で、これだけ綺麗に撮れているので、
コメントでも褒めています。特に、50の表情は、写真集にも使えるとの事。
[52]
名前:名無しさん
:2022/07/13 (水) 20:13:01 No.8607

BOMBの84年11月号から、18歳の誕生パーティの模様です。
9月2日の誕生日の2日後に、誕生パーティをしています。
調べたら、9月2日は日曜日でファンが集まりやすいのに、平日にしたのは、
出席者がファンではなく、関係者と書いてある事からでしょう。
「恋をしながら女になっていきたい」優ちゃんですが、実際に恋人が出来たのは、
この1年半後。上智大学に入学した時に、今の旦那になる人が、最初の恋人でした。
彼とは、デビュー前のレッスン期間中に、アメリカンスクールで知り合っていますが、
彼がアメリカに留学したため、再会は、彼が日本に戻って上智大学にいた時になります。
[53]
名前:名無しさん
:2022/07/17 (日) 21:06:38 No.8626

投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の3ページ目の左下です。
手で必死に押えないと、スカートが全開になるような風ですね。
アイドルのイベントは、野外が多いですが、それは、こういう風のいたずらを、
ファンが期待していたからでしょうか。
[54]
名前:名無しさん
:2022/07/17 (日) 21:18:03 No.8627

写真時代Jrの84年11月号の、1ページ目です。
よみうりランドEASTと言えば、最近でもテレビで放送している、
明菜の89年のコンサート会場も、同じ場所でした。
野外で、風のいたずらに苦労していた明菜が、印象的でした。
優は、イベントで風のいたずらに慣れたのか、衣装を工夫しています。
(この後アップする2ページ目以降を、参照)
[55]
名前:名無しさん
:2022/07/21 (木) 20:33:20 No.8645

写真時代Jrの84年11月号の、2ページ目です。
競技場のような場所での、イベントでしょうか。
風のいたずらでは捲れないような、タイトスカートです。
[56]
名前:名無しさん
:2022/07/21 (木) 20:36:50 No.8646

写真時代Jrの84年11月号の、3ページ目です。
こちらは、歌っている優ちゃんです。
右下のカットでは、スカートの下に、アンダースコートをはいています。
[57]
名前:名無しさん
:2022/07/25 (月) 21:00:43 No.8664

写真時代Jrの84年11月号の、4ページ目です。
コンサートで、撮影OK曲を指定するのは、珍しい事だと思います。
ファンサービスを怠らない、優ちゃんらしい企画だと思います。
最近でも、小泉今日子が、スマホ時代に撮影OK・アップOK曲を指定しましたが、
その先駆けでしょう。当時の写真投稿誌は、今のインスタに相当するのかも。
でも当時は、載る競争率が高かったと思います。
[58]
名前:名無しさん
:2022/07/25 (月) 21:15:38 No.8665

写真時代Jrの84年11月号の、5ページ目です。
インタビュー自体は、6ページ目に載っています。
[59]
名前:名無しさん
:2022/07/30 (土) 10:40:09 No.8682

写真時代Jrの84年11月号の、6ページ目です。
人気アイドルに、弱小雑誌がインタビューをする時は、食事時間の内の1分半しか
空けてもらえないんですね。映画の期間中、おさげ髪だった優は、
その反動からか、パーマをかけたら、これが意外に似合います。
さすが、ハワイ育ち。本人も気にいったようで、ちょっと年寄り気味の男性から、
前の方が良かった。と言われても、完全無視。(女の子からは、人気があったそう。)
自分が気にいると押し通す、優ちゃんらしいです。デビューの頃、伊代ちゃんに似ていると、
言われていましたが、この髪型で、完全に優ちゃんのキャラが立ちました。
[60]
名前:名無しさん
:2022/08/03 (水) 14:53:32 No.8703

DUNKの84年11月号の、1ページ目です。
秋でもビキニになる、常夏娘の優ちゃん。
「常夏娘」を歌っていたキョンキョンは、18歳で運転免許証を取りましたが、
優ちゃんは、22歳で取ったそうです。18歳の頃から、運転免許が欲しかったそうですが、
専用の車をつけているのだから止めなさい。と事務所に反対されていました。
歌が売れなくなったら、専用の車はつけてくれないでしょ。と反論した優ちゃん。
だから、ヒット曲が出なくなってきた22歳で、運転免許証を取ったのでしょう。
最初に乗った車は、ベンツ。母に、「運転がまだ慣れていないから、
頑丈なベンツにしなさい。」と言われたそうです。
ちなみに、21歳の時には、テレビ番組のゲームで、じゃんけんで勝ち進み、
商品に車をもらった事もあるそうです。この時は、免許がないので手放しましたが、
後から振り返って、バブルの頃だったからだ。と実感したそうです。
[61]
名前:名無しさん
:2022/08/03 (水) 15:06:22 No.8704

DUNKの84年11月号の、2ページ目です。
1ページ目に、アメリカでは、18歳で酒もタバコも選挙もOK。と書いてあります。
日本でも、数年前から選挙は18歳からOKになりましたが、酒やタバコは、
相変わらず20歳から。こんな中途半端な事をしているから、投票率が上がらないのも、
当たり前だと思います。優ちゃんは、14歳までアメリカの子供と一緒だったので、
デビューする15歳の頃から、国際情勢の話とかを、マネージャーにしていました。
[62]
名前:名無しさん
:2022/08/07 (日) 14:49:36 No.8722

DUNKの84年11月号の、3ページ目です。
この頃の優は、本当に片思いだったそうです。
彼氏が出来たのは、高校を卒業に、大学に進学した頃で、今の旦那に再会したのも、
その頃です。彼氏とデートしている時も、母親に協力してもらい、
事務所から優に電話があった時は、優が寝ている事にしてもらいました。
その甲斐もなく、彼氏の事が事務所の社長にバレると、開き直って報告する優。
社長は、「聞いていない」と、とぼけられ、とにかく写真だけは撮られるな。と言われました。
[63]
名前:名無しさん
:2022/08/07 (日) 14:59:28 No.8723

DUNKの84年11月号から、2つ折りピンナップです。
84年10月3日リリースの10曲目のシングル「哀愁情句」の歌詞が載っています。
3枚目と4枚目のシングル「アンサーソングは哀愁」「あの頃にもう一度」を連想させるような、
バラード曲ですが、オリコントップテン入りの常連になっていた優は、
バラード曲でも、しっかりオリコントップテン入りさせる実力を、身に付けていました。
ミニミニ情報にも書いてあるように、優自身も気にいっていました。
[64]
名前:名無しさん
:2022/08/11 (木) 12:42:15 No.8740

DUNKの90年12月号(最終号)には、これまでDUNKに載ったアイドルの水着姿の、
総特集が載っています。早見優は、63と同じカットが、文字無しで載っています。
[65]
名前:名無しさん
:2022/08/11 (木) 12:45:00 No.8741

DUNKの90年12月号(最終号)の、早見優の2ページ目です。
同じワンピースを着て、似たポーズなので、同時撮影の別カットでしょう。
[66]
名前:名無しさん
:2022/08/15 (月) 19:04:51 No.8761

シュガーの84年11月号の、インフォメーション・コーナーからです。
[67]
名前:名無しさん
:2022/08/19 (金) 19:14:47 No.8778

シュガーの84年11月号の、1〜2ページ目の上です。
8月19日におこなわれた、優のよみうりランドEASTでのコンサートの模様が、
詳しく載っています。文章を読むと、アイドル早見優から、ロックンローラー早見優へ、
変身する過渡期である事が分かります。85年からは、シングルでも、
リック・スプリングフィールドの曲を歌ったり、ロックンローラー早見優の魅力が、爆発しました。
[68]
名前:名無しさん
:2022/08/19 (金) 19:35:12 No.8779

シュガーの84年11月号の、1ページ目の下です。
よみうりランドEASTでのコンサートの前半に曲目と、写真が載っています。
右はリハーサル中のリラックスした姿、左は本番中の姿でしょう。
前半の曲目には、アルバム曲も数曲あります。先日、NHKの番組に出演した時、
アメリカの大学に留学している長女から、好きな曲を言われ、それママの頃の曲だよ。
というと、そんなに古いのと娘が言って、優がガックリ。しかも、長女の友人が、
長女に「この曲、カッコいい」と勧めた曲が、何と優のアルバムに入っている曲でした。
再び、そんなに古いのと娘が言って、優がまたまたガックリ。
でも、ネイティブ・イングリッシュの優の曲は、アメリカでも受けるのでしょう。
[69]
名前:名無しさん
:2022/08/23 (火) 20:07:04 No.8795

シュガーの84年11月号の、2ページ目の下です。
よみうりランドEASTでのコンサートの後半の曲目と、写真が載っています。
映画「フットルース」の主題歌「フットルース」や、挿入歌「ヒーロー」も、
カバーしています。(当時は、カバーという言葉は無かったけれども。)
ちなみに、「ヒーロー」はこの後、「スクール・ウォーズ」の主題歌として、
麻倉未稀のバージョンが、日本でもヒットしました。
70年代から、アイドルのコンサートで、外国曲を歌うのは定番でしたが、ほとんどの人は、
日本語訳の歌詞で歌っていました。(西城秀樹は、英語のままだったそうです。)
80年代中盤あたりから、アイドルのコンサートで、外国曲のカバーは無くなって行きますが、
英語の得意な優は、英語のまま外国曲のカバーを歌い続けていたのでしょう。
[70]
名前:名無しさん
:2022/08/23 (火) 20:25:51 No.8796

ヤングルーキーの84年11月号の、1ページ目です。
(インタビュー自体は、2〜3ページ目)
[71]
名前:名無しさん
:2022/08/28 (日) 22:56:34 No.8810

ヤングルーキーの84年11月号の、2ページ目です。
私は、目が悪いから(客席が)よく見えなかった。と言っていますが、
スポットライトが当たると眩しくて、目がいい人でも、客席は見えないそうです。
昔は日本語訳で歌っていた洋楽も、この頃は英語のまま歌っています。
英語の得意な、優ならではの事でしょう。洋楽を、日本語訳で歌うと、
アクセントの違いから、不自然になる事が多いです。日本のミュージカルが嫌いな人は、
歌の日本語訳の不自然さから、嫌いになっている人が多いそうです。
英語の得意な優も、フランス語等は分からないので、海外はアメリカ方面にばかり行っています。
ヨーロッパは、言語をマスターしてからじゃないと。と、言っています。
日本語しか出来ない他のアイドルが聞いたら、贅沢な悩みだと思うでしょう。
[72]
名前:名無しさん
:2022/08/28 (日) 23:24:10 No.8811

ヤングルーキーの84年11月号の、3ページ目です。
前ページで、夏休みが半日しか無かった。と言っています。
柏原芳恵は、5年間1日も休みが無かったそうです。70年代は、
週に50本以上歌番組があったのに、80年代は、その半分ぐらいになっているはずです。
それでも、70年代アイドルより、80年代アイドルの方が忙しいのは、何故でしょう。
ザ・ベストテンやザ・トップテンのように、ランクインしている間は、
毎週出演する番組が出来た事や、70年代は演歌や歌謡曲等、アイドル以外の出演者が
多かったのに対し、80年代は、アイドル専門の歌番組が増えた事、
女性アイドル専門のアイドル誌が誕生し、増えていった事が、考えられます。
[73]
名前:名無しさん
:2022/09/01 (木) 18:22:06 No.8825

BOMBの84年12月号の、1ページ目です。
[74]
名前:名無しさん
:2022/09/05 (月) 19:50:56 No.8840

BOMBの84年11月号の、1ページ目です。
83年にキョンキョンがショートヘアにした時、仲の良いちえみが、
同じくショートヘアにしました。そして、84年にキョンキョンが、刈り上げカットにした時、
ショートヘアがブームになって、伊代も優も、新人の荻野目ちゃんも2曲目から、
ショートヘアにしました。でも優は、カーリーヘアをストレートに戻して、
伸ばしたかったんですね。ジャンケンで負けてショートヘアにするって、優らしい軽いノリですね。
[75]
名前:名無しさん
:2022/09/05 (月) 20:07:44 No.8841

BOMBの84年11月号の、2ページ目です。
秀美がヤックンと交際してると聞いた時も、なんでお友達みたいなシブがき隊と
交際出来るの?と、驚いていました。「私鉄沿線97分署」は、ウィキで調べると、
90話までありましたが、優は15話で退職する設定です。忙しいので、
最初だけ視聴率を上げるために、レギュラーになった感じです。3か月経って余裕が出来たら、
とか言っていますが、その頃は、もう出演しない事が決まっていたのでしょう。
[76]
名前:名無しさん
:2022/09/09 (金) 19:11:05 No.8854

BOMBの84年12月号の、2〜3ページ目です。
季節が冬に変わって...と書いてあるけど、この雑誌は11月9日発売で、
取材は10月だろうから、まだ秋ですね。食欲はまだ秋なのは、当然でしょう。
[77]
名前:名無しさん
:2022/09/09 (金) 19:34:17 No.8855
[78]
名前:名無しさん
:2022/09/13 (火) 19:54:51 No.8869

DUNKの85年1月号から、寒中水泳大会の記事です。
TBSで放送された「オールスター水上大運動会」というタイトルになっています。
夏の恒例だった水泳大会が、冬でも行われるようになったのは、いつからか調べると、
フジテレビの「オールスター寒中水泳大会」74年〜85年まで。が最も早く。
TBSの「オールスター水上大運動会」は、79年〜86年までで、2番目でした。
日本テレビは、出遅れて、80年代に入ってからでした。
ちなみに、夏に行われた水泳大会も、フジテレビが一番早く、
「紅白対抗スター水泳大会」で、70年〜86年まで続きました。
[79]
名前:名無しさん
:2022/09/13 (火) 20:03:12 No.8870

DUNKの85年2月号から、アイドル30人・好き嫌いチェックのコーナーです。
しつこくて、べたべたしているのは、ノーサンキュー。
優は、芸能人からいろいろな手口で誘われていたようですが、みんなノーサンキューだったので、
恋人が出来るのが、20代に入ってからだったのでしょう。
[80]
名前:名無しさん
:2022/09/18 (日) 20:16:48 No.8887

アクションカメラの85年2月号から、インフォメーション・コーナーです。
ライブビデオは、82年夏の松田聖子を皮切りに、トップアイドルが次々とリリースしていますが、
イメージビデオは、84年秋のキョンキョンを皮切りに、84年末頃からトップアイドルが、
次々とリリースしています。優は、水着が似合うので、ハワイでロケした水着のイメージビデオです。