南野陽子
[1]
名前:名無しさん
:2019/05/03 (金) 22:04:17 No.2638

デラックスマガジンの85年4月号の、表紙です。
ナンノがブレイクするきっかけとなった雑誌で、36ページの大特集が組まれています。
CSのホームドラマチャンネルで、南野陽子主演・工藤静香共演の「熱っぽいの」が
再放送されます。見ていないので、楽しみです。
毎週月曜日(正確には火曜日) 深夜0:15〜1:15 5月6日スタート 全11回。
リピート放送 毎週月曜日 昼12:15〜1:15 5月13日スタート。
[2]
名前:名無しさん
:2019/05/03 (金) 22:27:05 No.2639

デラックスマガジンの85年4月号の、表紙の裏です。
デラマガの巻頭大特集に選ばれるのは、ミス・マガジン・コンテストで優勝する
(伊藤麻衣子・加藤香子・斉藤由貴・八木さおり)か、
既存の人気アイドルを起用する(中森明菜・川島なおみ・岡田有希子・宇佐美ゆかり)のが、
普通でした。
[3]
名前:名無しさん
:2019/05/03 (金) 22:36:50 No.2640

デラックスマガジンの85年4月号の、3つ折りピンナップです。
他には、第一回東宝シンデレラ・コンテスト優勝の沢口靖子。
クラリオン・ガール・コンテスト準優勝の堀江しぶがいました。
ミス・マガジン・コンテスト外から選ばれ、マガジンメイトとなったのは、
森尾由美と南野陽子の二人だけでした。
[4]
名前:名無しさん
:2019/05/03 (金) 22:42:14 No.2641

デラックスマガジンの85年4月号の、2〜3ページ目です。(2を1ページ目としてカウント)
「純だね、陽子」。ナンノのキャッチフレーズが大きく載っています。
[5]
名前:名無しさん
:2019/05/03 (金) 23:04:41 No.2642

デラックスマガジンの85年4月号の、4ページ目です。
芸能界にはあまり興味のなかったナンノですが、たまたまCMタレント募集の広告を見ていて、
東京見物がしたくて応募したら、合格しました。
お嬢様学校に通っていたナンノなので、親は芸能界入りに大反対。
ナンノ自身も、迷っていました。
[6]
名前:名無しさん
:2019/05/06 (月) 22:16:41 No.2656

デラックスマガジンの85年4月号の、5ページ目です。
高校二年に進級した頃、春の衣替えのため服を整理していたナンノ。それを見た母親が、
芸能界入りに反対する親を見限って、ナンノが家出の準備をしていると勘違いします。
[7]
名前:名無しさん
:2019/05/06 (月) 22:22:54 No.2657

デラックスマガジンの85年4月号の、6ページ目です。
家出するほど思いつめていると思った両親は、芸能界入りを認め、高校の担任にも連絡します。
教室でいきなり、「南野さんが、芸能界入りのため、東京の高校へ転校する事になりなした。」
と先生に告げられ、ビックリするナンノ。同級生たちもお祝いし、引っ込みがつかなくなって、
芸能界入りを決意するナンノでした。
[8]
名前:名無しさん
:2019/05/06 (月) 22:41:35 No.2658

デラックスマガジンの85年4月号の、7ページ目です。
東京へ出てきたナンノですが、CMタレント募集の広告を出していた事務所は、
実はつくば博のコンパニオンを募集していただけであり、その事務所に置いてあった
ナンノの履歴書を見た、別の事務所(エスワン・カンパニー)が、ナンノをスカウトしたそうです。
しかしエスワン・カンパニーには、アイドルを売り出すノウハウがありませんでした。
[9]
名前:名無しさん
:2019/05/06 (月) 22:51:50 No.2659

デラックスマガジンの85年4月号から、先に9ページ目を載せます。
ここに書いてあるように、女優になるのが目標のナンノは、仕事を持ってこない
エスワン・カンパニーとは別に、劇団青年座に入り、女優活動を始めます。
しかしこれが後に、歌手活動はエスワン・カンパニー、女優活動は劇団青年座となって、
ダブルブッキングが増え、トラブルの原因になりました。
[10]
名前:名無しさん
:2019/05/06 (月) 23:18:39 No.2660

デラックスマガジンの85年4月号の、8ページ目です。
高校2年の後半に連ドラに1本出演したナンノは、高校3年に進級する時、
町田の女子高から堀越学園へ転校し、仕事が増えるのに備えます。
しかし、その後仕事が途絶えます。焦ったナンノは、何と単身テレビ局や雑誌者に行き、
自分に向いている仕事が何か、聞いて回ります。同級生の本田美奈子が、
テレビ局等に挨拶回りをする時に、同行して行った事もあるそうです。
単身での売り込みが功を奏し、見事、デラマガの巻頭大特集の仕事を射止めます。
[11]
名前:名無しさん
:2019/05/09 (木) 23:44:16 No.2674

デラックスマガジンの85年4月号の、9ページ目です。
エスワン・カンパニーが、上京したナンノを最初に連れて行った行ったのは、CBSソニーの
オーディション。いきなり「歌手になりたくありません。」というナンノに、
酒井プロデューサーが理由を尋ねると、「水泳大会や運動会に出たくないから。」との事。
水泳大会や運動会には、出る必要はないと答える酒井プロデューサーに、安心しました。
それほど嫌いな水着姿を、このグラビアでは覚悟を決めて見せています。
[12]
名前:名無しさん
:2019/05/09 (木) 23:51:13 No.2675

デラックスマガジンの85年4月号の、10ページ目です。
この文章からは、「ミナミノ」と言いにくいので、「ナンノ」と言う愛称が定着した事が、
分かります。デビューしてからも、南田洋子と間違われた事があるそうです。
週プレの新人紹介コーナーでも、「南田洋子」と書かれていました。
[13]
名前:名無しさん
:2019/05/09 (木) 23:59:06 No.2676

↑11・12の訂正:11は10ページ目、12は11ページ目でした。
デラックスマガジンの85年4月号の、12ページ目です。
撮影をした野村誠一は、「じゃじゃ馬みたいなタイプだった。
こう撮って欲しい、ああ撮って欲しいって常に主張してたし。
撮影中でもぶつかって、「もうやりたくない」といいながら泣き叫んで、
「泣いてる場合じゃないだろう」って言ったら、「じゃあちゃんとやってよ野村さんだって」
「俺にちゃんとやれっていうのかよ」とか。
「俺が撮ればスターになるんだ」っていう若かりし頃の自分だったんだけど、
そういう時に堂々とぶつかってくるんだからね。なんて奴だと思った。」
と、撮影当時を振り返っています。
(2006年頃のテレビ番組より)
[14]
名前:名無しさん
:2019/05/10 (金) 00:08:44 No.2677

デラックスマガジンの85年4月号の、13ページ目です。
仕事では、常に自分を主張するナンノですが、心の中は女の子でした。
芸能界に入った目的も、綺麗な衣装が着れるからという、女の子らしい理由でした。
[15]
名前:名無しさん
:2019/05/10 (金) 00:23:41 No.2678

デラックスマガジンの85年4月号の、14〜15ページ目です。
スポーツがまるでダメ、逆上がりも出来ないお嬢さんのナンノが、
この後、スケバン刑事Uで激しいクションに挑戦する事になろうとは、
この時は、想像も出来なかった事でしょう。
スケバン刑事Uで、腕立て伏せをするシーンでは、ピアノ線で吊るしてもらったそうです。
[16]
名前:名無しさん
:2019/05/13 (月) 00:44:14 No.2692

デラックスマガジンの85年4月号の、16ページ目です。
嫌いな水着姿では、本人が後に言っているように、胸はさっぱりですが、
クビレたウェストからボリュームのあるヒップにかけて、綺麗なプロポーションを見せています。
デビュー20周年の時に作ったナンノのフィギュアにも、水着を着た物がありました。
制作スタッフが気を効かせて、バストを大きめに作りましたが、
「こんなバスト、私らしくない」と言って、バッサリ切って小さいバストにしてもらったそうです。
[17]
名前:名無しさん
:2019/05/13 (月) 00:54:10 No.2693

デラックスマガジンの85年4月号の、17ページ目です。
左利きについては、先生は得意な左で書きなさいと言ったので、普段は左で書いていましたが、
父親だけは左で書くとうるさいので、父親の前でだけは、右で書いていました。
ところがある日、友達から電話があり、思わず左で受話器を取ったのを父親に見つかり、
普段は左を使っている事が、バレてしまいました。(BOMBに書いてあります。)
左利きなのに、歌う時の振り付けが右手なのは、車で移動中に振り付けを考えて練習する時、
右側しか空いていなかったからです。
[18]
名前:名無しさん
:2019/05/13 (月) 00:56:36 No.2694

デラックスマガジンの85年4月号の、18ページ目です。
喜怒哀楽がすぐ顔に出ちゃうから、女優に向いていると思います。
スケバン刑事シリーズでも、ナンノが一番表情豊かでした。
その後、女優としての経験を積む事によって、
喜怒哀楽の表情を自然に操れる大女優に成長して行きました。
[19]
名前:名無しさん
:2019/05/13 (月) 01:03:48 No.2695

デラックスマガジンの85年4月号の、19ページ目です。
人混みが苦手なナンノ。最近では、山登りに凝っているようです。
家にいるのが好きなのも、人混みが苦手だからでしょう。
キョンキョンも、家にいるのが好きと言っていますが、
人混みが苦手だからではなく、面倒くさがり屋だからです。
ナンノとは違い、知らない人の中を一人で平気で歩いていました。
[20]
名前:名無しさん
:2019/05/13 (月) 01:08:11 No.2696

デラックスマガジンの85年4月号の、20〜21ページ目です。
13で書いたテレビ場組で、野村誠一のインタビューに対する南野陽子の反応は、
「私、ポーズをとるのが上手じゃなく、同じ顔しか出来ない。
でも、本当にあなたが上手だったら、いろんな角度から、私が自然にしているところを、
勝手に撮っていい絵を作って。
全部ニコパチ、どのカメラマンが撮っても同じスタイルじゃなくて。
という事を、しょっちゅう言い合いはしてました。」
司会の名倉潤が「ああいう写真って残るものだから、言い合った方がいいと思いますよ。」
とフォローしていました。全うな意見をいいながらも、周りと対立していた若き日のナンノの
姿が伝わるエピソードです。
[21]
名前:名無しさん
:2019/05/15 (水) 23:03:59 No.2710

デラックスマガジンの85年4月号の、22ページ目です。
視力0.06だと、一瞬覗き込んじゃうんでしょう。
前出し変態の話は、他のアイドルもしていましたが、ナンノは視力が弱いので、
余計にびっくりして、強烈な印象だったと思います。
[22]
名前:名無しさん
:2019/05/15 (水) 23:06:54 No.2711

デラックスマガジンの85年4月号の、22ページ目です。
話す時手が動くのは、自分の話を熱心に聞いてもらいたい願望の表れだと思います。
そういうアイドルは意外に多く、ナンノもアイドルとしての素質十分でした。
問題は、その仕草が自然に見えるかどうかですが、ナンノは可愛くて自然に見えました。
誰とは言いませんが、しつこすぎるアイドルもいました。
[23]
名前:名無しさん
:2019/05/15 (水) 23:12:48 No.2712

↑22の訂正:22ページ目→23ページ目
デラックスマガジンの85年4月号の、24〜25ページ目です。
「私、メモ魔なんですよね。」
メモを頼りに、電話の応対をする癖がついているから、まだ売れない頃、
自分で営業活動が出来たんでしょうね。キョンキョンや明菜ともまた違う、
自己プロデュース能力に長けたアイドルでした。
[24]
名前:名無しさん
:2019/05/15 (水) 23:17:03 No.2713

デラックスマガジンの85年4月号の、24ページ目の右上のカットです。
20で南野陽子が言っているように、単なるニコパチじゃなく、
私が自然にしているところを、勝手に撮っていい絵を作っている野村誠一カメラマンです。
これは、私が好きな表情の1枚です。
[25]
名前:名無しさん
:2019/05/15 (水) 23:34:19 No.2714

デラックスマガジンの85年4月号の、24ページ目の右下のカットです。
20で野村誠一に言っていたような話は、単身テレビ局や雑誌社に行き、
自分に向いている仕事が何か、聞いて回っている時にも言っていたそうです。
曰く「あなたがプロなら、こんなもっさりした私でも、良い要素を見つけて、
私に合う仕事を見抜く力があるじゃないですか。」
それを聞いていた、あるテレビ局の人は、自分の担当する番組ではもう出演者が決まっているけど、
出演者が決まっていない番組を担当している友人がいるから、聞いてあげる。
と言ってくれたそうです。ユニークな新人に、興味をそそられた人も結構いたのでしょう。
[26]
名前:名無しさん
:2019/05/18 (土) 21:46:51 No.2726

デラックスマガジンの85年4月号の、26ページ目です。
ミニスカートも、ワンピースの水着もイヤと言っていた南野陽子が、
大胆なビキニを着て撮影に臨む時のレポートです。
「でも何の抵抗もなくカメラの前に立てた自分が不思議。」と言っています。
4や11で書いたカメラマン野村誠一とのやり取りも、あった事でしょう。
左の下から2番目に写っているのが、野村誠一だと思います。
[27]
名前:名無しさん
:2019/05/18 (土) 21:49:23 No.2727

デラックスマガジンの85年4月号の、27ページ目です。
初めてのグァムでの撮影は、感動のしっぱなしだったようです。
「行きのモーターボートでは、もう!プンプンと思っていたけど...」
ナンノらしい発言が、いいです。
[28]
名前:名無しさん
:2019/05/18 (土) 21:51:38 No.2728

デラックスマガジンの85年4月号の、28〜29ページ目です。
この頃は、まだ忙しくなる前だったので、日記を付ける時間があったようです。
グチを人に言っても収まらない時に、日記に書くとスッキリするようです。
スケバン刑事Uでブレイクした後は、日記を書く時間がなくなり、
ストレスを発散出来なくなって、グチの数が多くなったと思います。
[29]
名前:名無しさん
:2019/05/18 (土) 22:02:26 No.2729

デラックスマガジンの85年4月号の、30ページ目です。
この写真は、記念写真じゃないので、一人で撮っても決まっています。
カメラ目線じゃないところが、自然な感じでいいです。
堀越のクラスメート4人で撮った写真が、DUNKの岡田有希子の記事に載っているので、
その内、どこかに貼った時には知らせます。
クラスメートの岡田有希子と共演する事が、目標のひとつでしたが、デビューもブレイクも
遅くなったナンノが、ザ・ベストテンに初ランクインしたのは、
岡田有希子の自殺の2日後だったそうです。運命のいたずらでしょうか。
[30]
名前:名無しさん
:2019/05/18 (土) 22:06:56 No.2730

デラックスマガジンの85年4月号の、31ページ目です。
カラーページの最後も、自然な表情で締めくくっています。
堀越のクラスメートでは、同期デビューの本田美奈子も、2005年に白血病で亡くなっています。
ナンノは、岡田有希子や本田美奈子の分まで頑張って芸能活動を続けているのかも知れません。