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浅香唯

[1] 名前:名無しさん :2019/04/13 (土) 23:24:11 No.2521
2521.jpg (282KB)
2000年4月25日発売の、20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、右上です。
プロフィール付きです。

唯ちゃんの所属レコード会社は、ハミングバード。83年に設立された新しい会社です。
デビュー前にハミングバードに挨拶に行った唯は、壁に貼ってあるポスターが、中村あゆみ
(当時はまだ無名)ばかりで、私の事をちゃんと宣伝してくれるか、心配になったそうです。
でもデビュー時(85年6月21日)には、中村あゆみの「翼の折れたエンジェル」が大ヒットし、
潤ったハミングバードは、唯が売れなかった頃でも、自由にやらせてくれたそうです。
少人数で、家族的繋がりが深かった会社で、良かったと言っていました。
(以上、CSの浅香唯の「しゃべくりDJ」より)
[30] 名前:名無しさん :2019/09/05 (木) 01:28:32 No.3235
3235.jpg (495KB)
DUNKの87年2月号の、2ページ目です。
「丈夫すぎるから私達も休めないよ。」とマネージャーに言われたそうですが、
撮影が忙しすぎた時に、中村由真が急に声が出なくなり、撮影中止。
唯と結花は、ラッキーと思って帰り、爆睡したそうです。
「苔まで食べて頑張る風間ユイだもんね。」第二回に、そのシーンがありました。
「極上空間」のラストでは、その苔を食べるロケ地(奥多摩にある洞窟みたいな場所)まで行き、
「スタッフが、苔に見立てた青ノリを置いていたんだよ。」と推測していました。
[31] 名前:名無しさん :2019/09/20 (金) 00:58:27 No.3306
3306.jpg (497KB)
DUNKの87年3月号の、記事です。
「丈夫すぎる」唯ちゃんでも、右足をネンザするくらいだから、「スケバン刑事V」の撮影は、
ハードです。19で書いた「南野さんはアクションが苦手だったので、そのしわ寄せが私に来た。」
という唯の発言は本当らしく、スタッフは「スケバン刑事」史上最高のアクションを狙って
キャスティングしたそうです。浅香唯が主演に選ばれたのは、オーディションで、
「木登りが出来るか?」との質問に、「得意中の得意です。木登りして、近所の家の屋根の上を、
駆け回っていました。」と答え、一発合格したそうです。
[32] 名前:名無しさん :2019/09/20 (金) 01:02:01 No.3307
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↑31の画像は、シュガーの87年3月号の記事でした。

DUNKの87年3月号の記事は、こちらです。
[33] 名前:名無しさん :2019/10/07 (月) 02:09:13 No.3392
3392.jpg (114KB)
シュガーの87年3月号の、レコード紹介コーナーです。
前作「10月のクリスマス」が、オリコン88位止まりだった(これでも、リリースした
4枚のシングルの中では最高位)のに対し、「STAR」は、オリコン9位と、一気にジャンプアップ。
やはり「スケバン刑事V」の主題歌に起用された効果は、絶大です。
「スケバン刑事U」の時と同様、最初の主題歌は、ネームバリューのあるおニャン子のメンバーが
歌っていました。唯ちゃんにバトンタッチしてからは、次の「瞳にSTORM」4位、
そして「虹のDreamar」1位と、ヒットチャートを駆け上って行きました。
[34] 名前:名無しさん :2019/10/29 (火) 22:53:36 No.3484
3484.jpg (320KB)
ブレイク前の唯ちゃんの投稿写真がありました。ベストカメラの86年8月号です。
サービス精神旺盛で、ヤル気満々の頃なので、ポーズに注文を付けても、
快く応じてくれたと思います。
[35] 名前:名無しさん :2019/11/16 (土) 00:18:22 No.3562
3562.jpg (496KB)
DUNKの87年4月号の、1ページ目です。
木登りが得意という唯なので、基本はアウトドア派なのでしょう。
男の子とケンカばかりしていた唯ですが、10歳で初恋をした時だけは、
茶道を習ったりして、女の子っぽくなったそうです。(しゃべくりDJより)
宮崎は新婚旅行のメッカだったので、ペアルックのカップルの真ん中を割って歩いていたとは、
唯ちゃんらしいです。14年付き合って結婚した彼とは、夜の散歩で体力作りするだけでは、
面白くないので、曲がり角に出る度にじゃんけんをし、唯が勝てば右へ、旦那が勝てば左へと、
ルールを決めて散歩していたので、家にたどり着くまで、4時間ぐらいかかる事もあったそうです。
(子供が産まれる前に話です。)
[36] 名前:名無しさん :2019/12/05 (木) 01:42:36 No.3641
3641.jpg (496KB)
DUNKの87年4月号の、2ページ目です。

「スケバン刑事」史上最高のアクションを狙って、スタッフがキャスティングしたというパートV。
木登りが得意中の得意の唯ちゃんが、主役に抜擢されるのは当然ですが、
まだレコードデビュー前で、漫画雑誌のオーディションで優勝し、芸能界入りして間もない
中村由真が、風間三姉妹の次女役を演じると唯ちゃんが聞き、そのか細い容姿と、
都会的なファッションを見て、この娘にスケバン刑事が務まるのか、不安になったそうです。
中村由真の方は、既に歌手としても女優としても活躍している、1年先輩の浅香唯や大西結花を、
素人の時に見ていて、同期だと知っていたので、イジメられると思ったそうです。
(BSの番組「極上空間」より)
[37] 名前:名無しさん :2019/12/26 (木) 02:28:40 No.3731
3731.jpg (494KB)
BOMBの87年4月号の、1ページ目です。
「役柄と違って都会派のワタシ 宮崎生まれの唯」。宮崎弁=田舎と解釈される事への反感かな?
あの頃でも、風呂敷を背負って上京する人はいなかったので、デフォルメです。

浅香唯のキャッチフレーズは「フェニックスから来た少女」、大西結花は「不思議チック少女」
大西結花は、自分のキャッチフレーズが大嫌いだったそうです。
(84〜85年当時は、似たようなキャッチフレーズが多くあったような気がします。)
大西結花は、修学旅行で宮崎に行き、フェニックスの唄まで歌ったそうなので、
すぐにフェニックス=宮崎と分かったと言っていました。中村由真は、
キャッチフレーズが無かったので、持っている二人が羨ましかったそうです。
(BSの番組「極上空間」より)
[38] 名前:名無しさん :2020/01/13 (月) 03:43:34 No.3802
3802.jpg (491KB)
BOMBの87年4月号の、2ページ目です。
下のプロフィール欄に、本名:川崎亜紀と書いてあります。
中学卒業と同時に上京し、翌日から芸能活動を始めた唯ちゃんは、普通の女の子が持っている
社会常識をまるで知らずに、アイドル街道をまっしぐらに進みました。
20歳を過ぎて、旦那となる彼に、あまりにも社会常識を知らないので、「それはダメだよ。」
と注意され、芸能界を休業して社会常識を身につけたいと、事務所と交渉しますが、
事務所は人気アイドルを簡単に休業させるはずはありません。
結局、事務所とレコード会社の契約が切れる93年(23歳の時)に、契約更新をせず、
休業に入ったため、マスコミからは引退と言われてしまいます。
休業期間4年半の間は、浅香唯の芸名を使えず、本名の川崎亜紀で写真集を出した事もありました。
[39] 名前:名無しさん :2020/02/02 (日) 02:49:53 No.3896
3896.jpg (490KB)
BOMBの87年4月号の、3ページ目です。唯・結花・由真の対談が載っています。
3人とも23歳で結婚と出たという占い。実際には、由真が一番早くて28歳の時(初婚時)。
唯は32歳の時。結花は、一番遅くて44歳の時でした。
「ワタシ、(結婚したら)絶対に不倫してやるんだ。」と言う唯に、
「唯は、(相手の家庭を)壊すどころかボロボロにするよ。」と言う由真。
この会話が頭に残っていたのか、唯ちゃんは旦那と結婚するまで14年間も交際を続けました。
付き合い始めて10年間は、他の彼が出来たらサヨナラよ。と言っていたそうですが、
結局、他の彼は出来なかったとの事。でも、旦那になる彼は、名高達郎に似ていなかったためか、
10年目からの毎年のプロポーズを断り、15年目にようやく結婚したそうです。
(15年目だから、イベントとして結婚を選んだという、唯ちゃんらしい考え方。)
[40] 名前:名無しさん :2020/02/29 (土) 00:54:37 No.4008
4008.jpg (496KB)
DUNKの87年5月号には、マンガ履歴書が8ページに渡って載っています。
その1ページ目です。「怒らすと怖い?小さな熱血漢」の唯ちゃんは、
マンガにするとピッタリなキャラクターだと思います。
[41] 名前:名無しさん :2020/03/21 (土) 02:23:53 No.4107
4107.jpg (496KB)
DUNKの87年5月号の、マンガ履歴書の2ページ目です。
最初は、スケバン刑事Vの撮影現場です。

唯が本名の川崎亜紀に戻り、休業していたのは4年半の間。
最初の3日は、時計のない生活を送っていたそうで、起きた時に朝か夜か、
ドキドキしながら窓を見るという生活。人間がダメになると自覚しました。
最初の1年間は、普通の女の子なら当たり前にするであろう、
いろいろな遊びを経験していたそうです。(トーク番組「ボクらの時代」より)
[42] 名前:名無しさん :2020/04/08 (水) 03:07:45 No.4199
4199.jpg (494KB)
デビュー直前の浅香唯の、新人紹介グラビアがあったので、貼ります。
GOROの85年6月27日号です。
デビュー曲のジャケットが、本人が嫌がっている写真ではなく、
このカットを使えば、タイトル「夏少女」らしい、南国宮崎出身の小麦色の肌をした
可愛い少女をアピール出来て、オリコン120位という屈辱的なランキングからは、
逃れられたかも知れません。
[43] 名前:名無しさん :2020/04/27 (月) 01:48:04 No.4310
4310.jpg (494KB)
DUNKの87年5月号の、マンガ履歴書の3ページ目です。

本名の川崎亜紀に戻り、休業していた4年半の間に、自分で作詞・作曲していたそうです。
その曲を、聞いてもらおうとレコード会社に持って行くと、アポ無しでは誰にも会わせないと、
断られました。その時初めて、アポという手順を知ったそうです。(トーク番組「ボクらの時代」より)
[44] 名前:名無しさん :2020/05/16 (土) 04:06:05 No.4424
4424.jpg (497KB)
DUNKの87年5月号の、マンガ履歴書の4ページ目です。

小学生の頃は、喧嘩の強い亜紀(浅香唯)でしたが、中学生になるとバレーボール部に入り、
スポーツ少女に変身します。小柄なわりにヒップが発達していた亜紀は、
バレー部のブルマ姿が色っぽかったらしく、男子部員の注目の的でした。
本人も、男子部員の視線が自分のブルマに集中しているのを感じて、
すぐに違うブルマに変えたそうです。(数年前の「あいつ、今何してる」より)
[45] 名前:名無しさん :2020/06/08 (月) 04:06:59 No.4547
4547.jpg (492KB)
DUNKの87年5月号の、マンガ履歴書の5ページ目です。
このマンガ履歴書の7ページ目には、小4でケンカをやめたと書いてあります。
小学校高学年の頃、唯一女の子らしい事をしていました。それは、ピアノの練習です。
当時流行っていた、久保田早紀の「異邦人」を、譜面を持っていないので、
独学で演奏していました。「異邦人」は、曲だけではなく、詩の世界も大好きだったそうです。
子供たちが大きな世界に憧れる気持ちを、自分に重ね合わせていたのでしょう。
その詩は、久保田早紀が、国立の公園で遊ぶ子供たちを見て、思い浮かんだとの事。
国立市は、「異邦人」が生まれた街として、もっとアピールした方がいい。と力説していました。
(しゃべくりDJより)
[46] 名前:名無しさん :2020/07/01 (水) 02:25:06 No.4653
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DUNKの87年5月号の、マンガ履歴書の6ページ目です。
「口では勝てない私は、すぐ手を出しちゃったの」
キョンキョンと同じです。喧嘩が強そうなのも、キョンキョンと同じです。
最近の唯はトークも上手くなり、アイドル時代に、気さくに話しかけてくれた
先輩のキョンキョンの事を、上手に話していました。(しゃべくりDJより)
[47] 名前:名無しさん :2020/10/08 (木) 02:20:13 No.4725
4725.jpg (486KB)
46の画像は、この画像でした。(貼り間違い)
[48] 名前:名無しさん :2020/11/25 (水) 00:00:43 No.4758
4758.jpg (490KB)
ブレイク前の唯ちゃんのグラビアがあったので、貼ります。
ベッピンの85年12月号の、1ページ目です。
このワンピース姿は、南国育ちの唯ちゃんにピッタリの小麦色の肌が健康的です。
そして瞳がクリッとした唯ちゃんが、初々しくて可愛いです。

最近、ライザップのCMと提携して、ダイエットに成功した浅香唯。
意外にもアイドルの頃から、痩せてはいても、キュッと引き締まった身体にはなった事がない。
と言っていました。更に意外な事に、ビキニ姿になった事もないと言っていました。
テレビの懐かし映像でよく流れる、C-Girlのライブ映像のヘソ出しルックの印象が強かったので、
ビキニは着ていると勘違いしていました。小麦色の肌が健康的なビキニ姿も、見たかったです。
[49] 名前:名無しさん :2020/12/10 (木) 01:20:27 No.4860
4860.jpg (494KB)
ベッピンの85年12月号の、2〜3ページ目です。
このワンピース姿からは、キュッと引き締まった身体に見えますが。

48で書いた、「C-Girlのライブ映像のヘソ出しルック」は、間違いでした。
ヒョウ柄ルックでした。88年のキョンキョンのヘソ出しルックと、勘違いしていました。
当時の唯ちゃんは、最先端のファッションをしていたので、
同じくファッションリーダーだったキョンキョンと、間違えたようです。
[50] 名前:名無しさん :2020/12/26 (土) 01:07:16 No.4981
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ベッピンの85年12月号の、3ページ目の左上の拡大版です。

唯ちゃんとキョンキョンは、身長が低いという共通点があるだけではなく、
キャラクターや曲のイメージ、コンサートの盛り上げ方等、全体的に似ているイメージがあります。
それもそのはず、キョンキョンのデビュー当時のイメージ・イラストを描いていたのが、
大山和栄であり、キョンキョンの顔をプロモーションする前に、
そのイメージ・イラストをプロモーションしていました。

唯ちゃんの芸名である浅香唯の由来は、ザ・スカウトオーディションで浅香唯賞を取った事ですが、
浅香唯が主人公の漫画「シューティングスター」を描いていたのも、大山和栄です。
大山和栄は、「この子しかいない」と、一目見た瞬間から決めたそうです。
イラストや漫画にすると、二人は同じ顔の印象になるのかも知れません。
[51] 名前:名無しさん :2021/01/09 (土) 20:20:05 No.5099
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ベッピンの85年12月号の、4ページ目は、水着でシャワーを浴びているカットが、
4コマ載っています。その右上です。

唯ちゃんとキョンキョンの共通点を書いてきましたが、88年に「C-Girl」で大ブレイクし、
88〜89年には、アイドル四天王の一人となった人気絶頂の唯ちゃんに対し、
キョンキョンは、良く言えばアイドル人気安定期、悪く言えば人気下降期に入っていました。
キョンキョンのファンが、唯ちゃんの方に移行していると、
当時思っていたのは、私だけではないでしょう。
[52] 名前:名無しさん :2021/01/24 (日) 23:46:19 No.5215
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ベッピンの85年12月号の、4ページ目の左上です。
南国の宮崎で生まれ育った唯ちゃんは、褐色に日焼けした水着姿と、
気持ちよさそうにシャワーを浴びているシーンが似合います。

宮崎と言えば、キョンキョンも宮崎に関係がありました。
91年のドラマ「パパとなっちゃん」では、宮崎出身の彼と結婚する娘の役であり、
それを現実にしたのが、宮崎出身の永瀬正敏との結婚です。
[53] 名前:名無しさん :2021/02/08 (月) 03:56:57 No.5336
5336.jpg (487KB)
ベッピンの85年12月号の、4ページ目の右下です。

唯ちゃんとキョンキョンの共通点を書いてきましたが、唯ちゃんが憧れていたのは、
花の82年組でも、キョンキョンではなく、堀ちえみでした。
ちなみに、キョンキョンとちえみと、三田寛子は、
82年3月21日デビューと、デビュー日まで同じでした。

唯ちゃんと同じレコードデビュー日(85年6月21日)なのは、中山美穂で、同い年です。
スケバン刑事では先輩となる南野陽子も、レコード出荷日は同じです。
(デビュー日としては、誕生日に合わせた6月23日)。
80年代後半のアイドル四天王となる4人の内、3人までが同じデビュー日だった事になります。
[54] 名前:名無しさん :2021/02/23 (火) 00:45:02 No.5452
5452.jpg (475KB)
ベッピンの85年12月号の、4ページ目の左下です。

アイドル四天王では、工藤静香と仲が良かった唯ちゃん。
唯ちゃんより一学年下でも、おしゃべりが好きな事で、意気投合したそうです。
工藤静香は、後ろ髪ひかれ隊でのデビューや、ソロ・デビューは、87年ですが、
3人グループ「セブンティーン・クラブ」の一員として、85年1月21日に
デビューしているので、アイドル四天王の中では、一番早いレコードデビューになります。
唯ちゃんと同様、売れない下積み時代を過ごした事も、仲良くなった理由かも知れません。
[55] 名前:名無しさん :2021/03/10 (水) 01:33:33 No.5589
5589.jpg (482KB)
ベッピンの85年12月号の、5ページ目です。

アイドル四天王の他の二人では、南野陽子は2歳年上で、スケバン刑事でも先輩だったので、
遠慮があったのかも知れませんが、あまり話す事がなかったそうです。
中山美穂は同い年ですが、下積み時代が長かった唯ちゃんに対し、レコードデビュー前から、
連ドラでブレイクしていた中山美穂なので、初めて会った時には、「あの美穂ちゃんだ」
と憧れの気持ちがあったそうです。でも中山美穂は口下手なので、話が弾む事はありませんでした。
[56] 名前:名無しさん :2021/03/25 (木) 00:10:54 No.5714
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スーパー写真塾の85年8月号の、レコードレビューのコーナーからです。
唯ちゃんが最も嫌がっている、デビュー曲「夏少女」のジャケットが載っています。
初夏に外の撮影で、眩しくて目を見開く事が出来ず、こんな表情になってしまいました。
もっといい写真が、何枚かあったそうですが、それは使われませんでした。
何でこの写真を使うの?と、疑問に思ったそうです。

アイドルのデビュー曲のジャケットは、そのアイドルの今後を左右する重要なものなので、
取り直した方か良かったのではないか。と思います。
作詞は、松田聖子のデビュー曲から連続5曲を担当した三浦徳子で、
当時のポスト聖子を狙うアイドルの一人として、期待されていたのでしょう。
唯ちゃんが憧れていた堀ちえみと、声質が似ていると書いてあります。可愛い声とハスキーな
声の中間あたりの声が、似ている印象です。(声が似ているから憧れていた訳ではありません)
[57] 名前:名無しさん :2021/04/09 (金) 00:38:55 No.5825
5825.jpg (490KB)
BOMB初登場は、85年6月号のインタビューです。
歌手デビュー日が、2日違いのナンノ(唯ちゃんは6月21日、ナンノは23日)と、
隣同士のページに載っていました。まさかこの後、
スケバン刑事の先輩・後輩の仲になるとは、思ってもいなかったでしょう。
デビュー間もないアイドルが、赤いステレオ目当てで、オーディションを勝ち進んだ。
とは言えないですが、一応「ステレオが貰えて嬉しい。」と言っています。

「家(アパート)に帰る時、変な人がつけてくるんですよ。」は、
2004年頃の「Hey!Hey!Hey!」に出演した時に、言っていました。
部屋の鍵を3個も付けていましたが、4で書いたようにボロ・アパートなので、
刃物を持った男の時には、役に立ちませんでした。
[58] 名前:名無しさん :2021/04/25 (日) 05:21:52 No.5957
5957.jpg (494KB)
BOMB初登場となる、85年6月号の2ページ目は、写真です。
56に載せたデビュー曲のジャケットのようにならないよう、
スタジオ撮影にしてもらったのでしょう。
目はハッキリと開いていますが、笑顔にはまだ、ぎこちなさが感じられます。

デビュー曲のジャケットや、このカットからの反省なのか、
普段から、自分の部屋には鏡を沢山置き、笑顔の練習をしていたそうです。
電車に乗っている時も、目が合った人には、必ず笑顔で答えていました。
そのため、誘っていると勘違いされてしまった事もあるそうです。
唯ちゃんらしいエピソードです。
[59] 名前:名無しさん :2021/05/10 (月) 05:00:10 No.6089
6089.jpg (492KB)
MOMOCOの85年12月号から、ザ・スカウトオーディション85の広告です。
書いてあるように、前年までは毎年夏休みに開催されていました。
唯ちゃんが浅香唯になる前、川崎亜紀(本名)は、ザ・スカウトオーディション84の広告を見て、
浅香唯賞を取るともらえる、真っ赤なステレオが欲しくて、84年(中学3年)の夏休みに、
応募しました。第一次は書類・写真審査なので、可愛い亜紀ちゃんなら、当然合格です。

第二次審査が、宮崎で開催される事も、書いてあります。しかも、亜紀の家から、
バスで行ける距離なので、親に相談もせず、バス代だけ持って受けに行きました。
他の人達は、みんな歌手や役者になりたい人達ばかり。万全の準備をしていたのに、
亜紀ちゃんは、ステレオが欲しいだけなので、何の準備もせず、
「スローモーションなら歌えるかも知れない」と言い、うろ覚えの歌詞で歌い、
素直に、「ステレオが欲しくて応募しました。」と言ったそうです。(続きは次回)
[60] 名前:名無しさん :2021/05/25 (火) 22:01:08 No.6206
6206.jpg (493KB)
47までの87年に戻って、DUNKの87年6月号の、1ページ目です。

(59の続き)
応募した理由のユニークさが審査員達の話題になり、宮崎大会は、見事合格。
しかし第三次審査は福岡なので、さすがに親に相談せずには行けません。
普段は厳しい親だったそうですが、この時は、意外にも「夏休みのいい思い出になるから、
行っておいで。」と賛成してくれました。そして、福岡大会も、東京の決戦大会も、
「ステレオが欲しくて応募しました。」攻勢で突破し、見事、浅香唯賞を受賞します。

しかし亜紀自身は、ザ・スカウトオーディションが、歌手や女優になる事を前提とした
オーデイションである事を知らず、親は、まさか決戦大会で合格するとは思っていません。
戸惑う亜紀。スカウトした事務所の人達が亜紀の実家に訪れ、芸能界入りに反対する親を
何とか説得しようとします。頑固な親は、断固反対します。

その光景を見ていた亜紀は、「私の将来の事を、私に相談もせず、
勝手に大人同士で決めようとしている。」と思い、
「そんなに反対するなら、親子の縁を切ってでも上京して、デビューする。」と、
親にタンカを切って、宮崎で中学の卒業式を済ませると、その日の午後には上京します。
(続きは、8〜に書きました。)
[61] 名前:名無しさん :2021/06/09 (水) 22:11:04 No.6313
6313.jpg (496KB)
DUNKの87年5月号の、マンガ履歴書の7ページ目(47の続き)です。
下に書いてある「口で言うより手の方が早い」。「女の子とは全然やんなかったんですよー。
 泣かれると困るもん」。「人前では絶対泣かなかった」。
子供の頃は、キョンキョンと同じような性格でした。男前な唯ちゃんです。

負けん気が強かった唯ちゃんは、ケンカ以外、水泳でも猛練習して優勝。
中学に入ると、バレーボールやバドミントンをするスポーツ少女になりました。
先生に、「もっと女っぽくしましょう」と書かれ、
10歳の頃、ピアノを弾いていたのかも知れません。
[62] 名前:名無しさん :2021/06/24 (木) 15:46:39 No.6422
6422.jpg (495KB)
DUNKの87年6月号の、2ページ目です。
2002年に結婚した時、料理や洗濯が苦手で、下着なんか必要に迫られるまで
(替えの下着が底をつくまで)洗濯しないダメ人間なんで、結婚出来るとは
思っていなかった。と言っていた唯ちゃん。(テレフォンショッキング出演時)

そんな唯ちゃんの貴重なエプロン姿が、60に載せた1ページ目でした。
この頃(17歳)からファミコンにはまり始めていたけど、自分の時間がほとんど無かったので、
本格的にはまっていたのは、旦那と出会う19歳の頃でしょう。
[63] 名前:名無しさん :2021/07/09 (金) 23:17:25 No.6508
6508.jpg (495KB)
DUNKの87年6月号の、3ページ目です。
宮崎の実家に、電話している時でしょうか。

(62の続き)
「宮崎にいた時はね、ある額のお金を渡されて、予算内で一家の夕食の準備をしていたの。」
独身時代は、料理や洗濯が苦手なダメ人間だった唯ちゃんですが、宮崎にいた頃を思いだして、
結婚後は、一家の主婦として、家事をキチンと出来るようになりました。
ちなみに、アイドル時代は、給料はすべて宮崎の実家に送られ、
その中から、生活費やお小遣いを、両親からもらっていたそうです。
これも、宮崎にいた頃の経験が生きています。
[64] 名前:名無しさん :2021/07/24 (土) 20:24:20 No.6618
6618.jpg (230KB)
DUNKの87年6月号から、ラジオ番組紹介コーナーです。
同期デビューの松本典子と一緒にDJ(ディスクジョッキーと但し書きをしないと、
最近は別の意味のDJになってしまう。)をしている番組です。
喋る事が大好きな唯ちゃんは、ラジオのDJが最も好きらしく、
93年から4年半の休業に入った時も、東海ラジオのDJだけはしていて、
熱心なファンが、わざわざ聞きに通っていたそうです。

前述のCS番組「しゃべくりDJ」も、テレビなのにラジオ風におしゃべり出来るという事で、
出演を快諾しました。曲がかかっている間中もしゃべり続けるという、まるでおしゃべり好きな
唯ちゃんのための番組みたいでした。喋っている間の唯ちゃんの活き活きとした顔が見られるのは、
テレビならではです。最近でも、ラジオ大阪で、DJをしています。
[65] 名前:名無しさん :2021/08/09 (月) 19:51:43 No.6712
6712.jpg (491KB)
DUNKの87年6月号から、3つ折りピンナップです。
唯ちゃんが歌う「スケバン刑事V」の2曲目の主題歌「瞳にSTORM」の歌詞が載っています。
唯ちゃんのシングルのオリコン最高位の推移を見ると、
デビュー曲「夏・少女」が120位、2枚目「ふたりのMoon River」が105位、
3枚目「ヤッパシ…H!」が111位、4枚目「コンプレックスBANZAI!!」が121位、
5枚目「10月のクリスマス」が88位と、人気アイドルとは程遠いランキングでした。

どれも、唯ちゃんのキャラクターにピッタリの、いい曲なんですけどね。
ところが、「スケバン刑事V」の主題歌に起用された3曲は、6枚目「STAR」が9位、
7枚目「瞳にSTORM」が4位、8枚目「虹のDreamer」が、念願の1位と、
まさにうなぎ登りです。唯ちゃんのキャラクターとは関係なく、
人気ドラマシリーズの主題歌に起用された効果が、こんなにハッキリ出てくるものなんですね。
[66] 名前:名無しさん :2021/08/25 (水) 23:49:52 No.6810
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ベッピンの87年6月号から、インフォメーションコーナーです。
「瞳にSTORM」の発売に合わせたファンの集いのインフォメーションです。
去年出演したNHKの番組では、「STAR」の発売に合わせたイベントで歌う唯ちゃんの姿が、
イベント出演前の、ステージの袖で準備する姿から、流れていました。
準備中は、心がナーバスになって、緊張した表情が顔に表れていた唯ちゃんが、
ステージに上がった途端、自信にみなぎった表情に変わります。

長きに渡り下積みを経験した後、やっと巡り合った上昇気流を逃すまいと、
必死に頑張っている頃の、貴重な映像だと思いました。
[67] 名前:名無しさん :2021/09/10 (金) 18:07:58 No.6903
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BOMBの87年8月号には、表紙・裏表紙以外に、
38ページの巻頭大特集が載っています。その表紙です。
期待度が高いアイドルは、歌手デビューして、すぐに巻頭大特集を組んでもらえるのに、
浅香唯は、歌手デビューしてから2年以上経ってからの巻頭大特集になりました。
下積み時代が長かった唯ちゃんにとっては、待望の巻頭大特集でしょう。

[68] 名前:名無しさん :2021/09/26 (日) 21:19:54 No.7004
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BOMBの87年8月号の、裏表紙です。
「日本の夏、BOMBの夏、浅香の夏」。なんか、レトロ感タップリなコピーです。
(美空ひばりのこのCMが流行ったのは、70年代前半だと思う。)
21世紀に入っても、「ブティック」とか「ディスコ」等、
ひと昔前の言葉を使っていた唯ちゃんなので、この頃も、
周りにひと昔前の言葉を使っていたから、こんなコピーになったのかな。

でも、南国の宮崎出身で、デビュー曲が「夏少女」の唯ちゃんには、夏が似合う事は、
間違いないです。代表曲「C-girl」も、カネボウ夏のキャンペーンソングでした。
このカットで着ている、黄色のワンピース服も、夏が似合う唯ちゃんにピッタリです。
[69] 名前:名無しさん :2021/10/13 (水) 09:34:26 No.7100
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BOMBの87年8月号の、9ページ目です。
モノクロページの表紙になります。
[70] 名前:名無しさん :2021/10/30 (土) 21:48:40 No.7200
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BOMBの87年8月号の、10ページ目です。
デビューしてから、アッという間の2年。と振り返っています。
前半の1年3か月ぐらいは、地道に地方営業を周り、後半の9か月ぐらいは、
「スケバン刑事V」の撮影と、歌番組への出演で、目まぐるしいほど忙しく、
生活が急に変わったので、アッという間の2年という印象なのでしょう。
[71] 名前:名無しさん :2021/11/14 (日) 12:53:13 No.7288
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BOMBの87年8月号の、1ページ目です。
カラーページは、8ページ載っています。
デビュー当時の素朴な表情の唯ちゃんと比べると、成長したのか、
芸能界の荒波にもまれて洗練されたのか、可愛いだけではなく、
憂いを帯びた表情も出来るようになりました。
[72] 名前:名無しさん :2021/11/30 (火) 19:09:26 No.7383
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BOMBの87年8月号の、2〜3ページ目です。
やはり、これだけ可愛ければ、中学でも4大美人になるのは、当然でしょう。
芸能人になった唯に刺激されたのか、上京してミュージシャンになったクラスメートや、
舞台俳優になったクラスメートも、テレビで紹介されていました。
二人とも、長くは続けられず、今は一般人として仕事をしているそうです。
[73] 名前:名無しさん :2021/12/16 (木) 21:59:42 No.7479
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BOMBの87年8月号の、11ページ目です。
[74] 名前:名無しさん :2021/12/16 (木) 22:01:06 No.7480
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73のコメント文を書いたら、エラーになったので、コメント文を画像にしました。
[75] 名前:名無しさん :2022/01/03 (月) 03:09:37 No.7587
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BOMBの87年8月号の、12ページ目です。
やっぱり唯ちゃんのユニークさは、保育園の頃から変わっていないようです。
唯一のビキニ姿発見と思ったら、なんとお兄ちゃんのお下がりだったり、
唯一アップで撮られている写真が、脚を広げてしゃがんでいる写真だったり、
掛けっこで、反対方向に走って、何故だか1位を取ったり。

意地っ張りなところも、保育園の頃からでした。強制的に組まされて帰る子に事が嫌になり、
他の子と帰ったあげく、その子に家に8時までいて、両親も園長先生も大騒ぎでした。
[76] 名前:名無しさん :2022/01/17 (月) 23:03:31 No.7692
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BOMBの87年8月号の、4ページ目です。
昨年11月に、CSの番宣番組に出ていた唯は、このカットの頃と同じように、
細い身体のままでした。1年半前に、ライザップのダイエットを行った時は、
「すぐにリバウンドする」という批判がありましたが、そうならななかったのは、
やはりプロですね。身長が低い唯は、少しでも太ると、すぐに目立ってしまうので、
不利なのですが、良く頑張っていると思います。
[77] 名前:名無しさん :2022/02/03 (木) 03:06:35 No.7805
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BOMBの87年8月号の、5ページ目です。
昨年11月のCSの番宣番組では、カドカワ映画の話題が中心でした。
唯は、「セーラー服と機関銃」が大好きだったそうで、
「カイカン!」のセリフのマネが、得意だったそうです。

また、眉毛の中央を足して、ホクロを付けると、薬師丸ひろ子にソックリだった。
と言っていました。このカットの、少し顎を引いた表情でも、シャープで可愛い唯の表情からは
想像できませんが、まだ12歳(小学6年)の頃であり、その頃は似ていたのでしょう。
[78] 名前:名無しさん :2022/02/18 (金) 18:38:12 No.7894
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BOMBの87年8月号の、13ページ目です。
[79] 名前:名無しさん :2022/02/18 (金) 18:40:24 No.7895
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78に関するコメント文を書くと、何故だかエラーになるので、JPGファイルにして貼ります。

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