菊池桃子
[1]
名前:名無しさん
:2019/04/12 (金) 19:20:07 No.2513

2003年11月16日発売の「アイドル映画30年史」から、カラーグラビアです。
アイドル映画の主演者代表として選ばれた7人(他は、秋吉久美子・木之内みどり・
薬師丸ひろ子・原田知世・斎藤由貴・南野陽子)に選ばれています。
演技にも歌にも過剰なまでの無意識ぶりが、「クラスのあこがれの少女」的イメージに転化され、
理想的なアイドル像として凝縮されているという記事に、賛成です。
[31]
名前:名無しさん
:2020/01/09 (木) 00:55:56 No.3786

BOMBの84年4月号の、11ページ目です。
幼少時代の桃子は、やはり王子様に憧れる女の子。
でも兄からタイガーマスクのベルトを借りて遊ぶ、意外な面も見せています。
そして幼稚園で初恋を経験している、多感な女の子でした。
東京生まれなのに、洗練された感じがなく、素朴な感じがするアイドルだなと思っていましたが、
3歳の時大宮に引っ越し、公園や動物園に連れていってもらった経験が、
活かされているのでしょう。両親に大事に育てられました。
[32]
名前:名無しさん
:2020/01/09 (木) 01:00:33 No.3787

BOMBの84年4月号の、3つ折りピンナップです。
可愛くて初々しい菊池桃子の表情の中に、素人っぽくて垢抜けない新人らしさがあり、
いつも見慣れている菊池桃子の「どのアイドルよりも可愛い表情」とは違う、新鮮さがあります。
[33]
名前:名無しさん
:2020/01/09 (木) 01:02:45 No.3788

BOMBの84年4月号の、1ページ目です。
舌をペロッと横に出している表情が、自然で可愛いカットです。
庶民派アイドル、菊池桃子の魅力が出ている表情です。
[34]
名前:名無しさん
:2020/01/09 (木) 01:05:37 No.3789

BOMBの84年4月号の、12ページ目です。
幼稚園時代に、自然の中で活発に遊びまわっていた桃子。
小学校に入ると再び東京に戻りますが、5年生の時にイカダごっこをする活発な女の子でした。
リレーの選手で足が早かった事も含め、大人しそうなアイドル時代の桃子のイメージとは違う
小学校時代でした。3年〜6年まで学級委員だったのは、いかにも桃子らしいです。
[35]
名前:名無しさん
:2020/01/17 (金) 01:13:00 No.3816

BOMBの84年4月号の、13ページ目です。
なんでもソツなくこなしちゃう才能は、アイドル向きですが、
小学校時代の桃子は、アニメ派で、芸能界オンチだったそうです。
[36]
名前:名無しさん
:2020/01/17 (金) 01:15:01 No.3817

BOMBの84年4月号の、2ページ目です。
目を瞑っているこのカットは、そよ風に吹かれて心地よさを感じさせる表情です。
(撮影は冬ですが、次ページにポナベ島と書いてあるので、南の島の撮影です。)
[37]
名前:名無しさん
:2020/01/17 (金) 01:18:03 No.3818

BOMBの84年4月号の、3ページ目です。
文章でも出てくるカレリヤ(おはよう)が似合う桃子の表情です。
南野陽子は、昼でも夜でも「おはようございます。」と言う芸能界の慣例に反発して、
「こんにちは」「こんばんは」と言っていましたが、菊池桃子が「おはようございます。」
と言うと、昼でも夜でも爽やかな気分に周りが包まれる感じがします。
[38]
名前:名無しさん
:2020/01/17 (金) 01:20:34 No.3819

BOMBの84年4月号の、14ページ目です。
幼稚園で初恋を経験している桃子ですが、小学〜中学生の頃はさっぱりで、
恋のキューピット役に徹していました。
アニメに夢中なのは、理想が高いからでしょうか。
[39]
名前:名無しさん
:2020/01/17 (金) 01:23:10 No.3820

BOMBの84年4月号の、15ページ目です。
楽しくて仲の良い中学時代のクラスメートとの生活が、青春アイドルとしての
菊池桃子のキャラクターを育んでいったと思います。
そして、泣きたくないときにも泣いちゃえる特異体質?の演技派としての桃子が、
後に女優業へ進出する時に活かされました。
[40]
名前:名無しさん
:2020/01/19 (日) 03:30:03 No.3825

BOMBの84年4月号の、4〜5ページ目です。
澄ました表情で、大きな瞳で横を見つめているこのカットは、
カメラ目線や笑顔が多い、いつも見慣れている菊池桃子とは違う、
新鮮な魅力が出ていると思います。
[41]
名前:名無しさん
:2020/01/19 (日) 03:32:32 No.3826

BOMBの84年4月号の、6ページ目です。
このカットの笑顔は、名前を伏せて見せられると、菊池桃子とは判りにくい表情です。
まだ菊池桃子のキャラクター付けが定まっていなかった頃でしょう。
デビュー当初の初々しい表情の中には、こんな表情もあったのかと思いました。
[42]
名前:名無しさん
:2020/01/19 (日) 03:34:37 No.3827

BOMBの84年4月号の、16ページ目です。
ウィキにも書いてある菊池桃子のデビューのきっかけが、もっと詳しく載っています。
[43]
名前:名無しさん
:2020/01/19 (日) 03:37:38 No.3828

BOMBの84年4月号の、17ページ目です。
中学でクラブ活動をしていなかったので、クラブ活動気分で事務所に入ったそうです。
クラブ活動していたら、アイドル菊池桃子は生まれなかった事になります。
キョンキョンが言っていましたが、アイドルになる願望が強い人より、
気楽な気持ちで芸能界入りした人の方が成功し、長く活躍しています。菊池桃子もその一人です。
アイドル・オーディション番組の代名詞となっていた「スター誕生」が終焉を迎えるこの頃は、
事務所に所属して、レッスンを受けながらオーデションを受けて、
デビューのきっかけを掴む形が、アイドルデビューの主流になりつつある事が、分かります。
「BOMB」の編集長が、菊池桃子を選ぶ前に、
新雑誌のタイトルを「MOMOCO」に決めていた事は、初めて知りました。
菊池桃子をイメージガールにするので、「MOMOCO」になったと思っていました。
[44]
名前:名無しさん
:2020/01/19 (日) 03:39:00 No.3829

BOMBの84年4月号の、7ページ目です。
横顔の桃子も、まだ初々しさがいっぱいです。
レコードデビュー前であり、誰が見ても分かる菊池桃子としての決め顔が完成する前でしょう。
[45]
名前:名無しさん
:2020/01/22 (水) 02:49:52 No.3843

BOMBの84年4月号の、8ページ目です。
映画「パンツの穴」のビデオの広告です。
映画公開とビデオ発売が同時なのは、前年の角川映画「探偵物語」「時をかける少女」が、
その手法を使って大ヒットしたからでしょう。
菊池桃子としての決め顔が完成する前でも、セーラー服を着た姿は、すぐに桃子と分かります。
さすが青春アイドル、学生アイドルの80年代の代表という感じです。
[46]
名前:名無しさん
:2020/01/22 (水) 02:53:58 No.3844

BOMBの84年4月号の、18ページ目です。
初レコーディングの様子が書いてあります。
小学校時代にピアノを習っていた桃子は、譜面を読む力が抜群。
「メロデイを聞いただけで、オタマジャクシが頭に浮かんくる。」と言う桃子は、リズム感も良く、
あの独特の囁くような歌唱法は、決して歌が下手だから出来たのではなく、
桃子独特の持ち味として確立して行った事が分かります。
[47]
名前:名無しさん
:2020/01/22 (水) 02:56:42 No.3845

「アイドル40年」から、菊池桃子のページの左上です。
(46の続き)
デビュー曲から5曲連続で作詞を担当した秋元康は、レコーディングを進めながら、
桃子だったらなんて言うかを考え、彼女の言葉として作詞するという、
ユニークな方法を取っている事が分かりました。
後に、アイドルが自分で作詞するようになる事を見越していたのでしょうか。
おニャン子くらぶやAKB等のプロデュース業が目立つ秋元康ですが、
菊池桃子や小泉今日子の代表曲を作詞する等、作詞家としての秋元康の方がいいと思います。
[48]
名前:名無しさん
:2020/01/22 (水) 02:59:07 No.3846

BOMBの84年4月号の、19ページ目です。
秋元康が、山口百恵が活躍していた頃から、作詞?していた事は、初めて知りました。
桃子が、山口百恵同様に、素顔でも目立つのは容易に理解出来ますが、
「彼女の魅力は、何を考えているのかわからない謎めいた部分を持っている女の子。」
と言う言葉に、作詞家としての鋭い着眼点を感じました。
優しい眼差しで微笑んでいるという、パブリックイメージからは思い浮かばない点です。
[49]
名前:名無しさん
:2020/01/22 (水) 03:04:04 No.3847

「アイドル40年」から、菊池桃子のページの右下です。
中学ではクラブ活動をしていなかったとの事なので、運動能力は?ですが、
このカットから、体は柔らかそうです。
(48の続き)
チーフ・プロデューサーの、「心情的にあったかいっていうか、
バアーッと包み込んでくれるような歌い方が出来る子です。」と言う言葉から、
最初から桃子独特の持ち味の歌唱法が、生まれていた事が分かります。
[50]
名前:名無しさん
:2020/01/26 (日) 00:50:11 No.3861

BOMBの84年4月号の、20ページ目です。
資生堂アクネのCF撮りの様子が書いてあります。
制服を着ているので学校帰りかと思ったら、
朝9時から夜11時過ぎまでのハードスケジュールでした。
[51]
名前:名無しさん
:2020/01/26 (日) 00:55:57 No.3862

「アイドル40年」から、菊池桃子のページの左下です。
ポッチャリした体型が、可愛い表情とマッチしています。
(50の続き)
「泣きの表情は抜群にうまいんです。ところが笑う表情が今ひとつうまくいかない。」
笑顔は、トップアイドルとして歌番組に沢山出演している内に、自然に桃子スマイルとして、
定着していったと思います。泣きの表情が、最初から上手かったのは、
女優として天性の才能があったのでしょう。
[52]
名前:名無しさん
:2020/01/26 (日) 01:00:41 No.3863

BOMBの84年4月号の、21ページ目です。
最初の南野陽子スレの56に、「ほとんどのA級アイドルが、食品会社や化粧品会社のCMに
出演していて、美少女アクション物が敬遠された。」と書きましたが、
桃子も、ハウス食品と資生堂のCMに出演していたので、ズバリ該当しています。
映画「テラ戦士ΨBOY 」も、美少女アクション物というより、SFファンタジーという感じでした。
[53]
名前:名無しさん
:2020/01/26 (日) 01:13:05 No.3864

2000年4月25日発売の、20世紀アイドルスター大全集〜80年代編には、
4ページに渡って菊池桃子が載っています。その1ページ目の右上です。
4ページに渡って載っているのは、松田聖子・河合奈保子・中森明菜・小泉今日子・菊池桃子・
中山美穂・西田ひかるの7人だけです。
プロフィールに書いてある「パ★テ★オ」は、ドラマの続きを映画でやるハシリでした。
[54]
名前:名無しさん
:2020/01/26 (日) 01:22:28 No.3865

BOMBの84年4月号の、22ページ目です。
初主演映画「パンツの穴」の、桃子の名場面集(その1)です。
リアルタイムで見て以来、なかなか見る機会がなく、この名場面集を見ながら、
かすかな記憶を辿っていましたが、2年ぐらい前にCSで再放送され、懐かしく見直しました。
[55]
名前:名無しさん
:2020/01/31 (金) 23:47:08 No.3884

BOMBの84年4月号の、23ページ目です。
初主演映画「パンツの穴」の、桃子の名場面集(その2)です。
この雑誌には、桃子の巻頭大特集以外に、映画「パンツの穴」オールガイドも、
8ページに渡って載っているので、合わせて載せようと思います。
[56]
名前:名無しさん
:2020/02/01 (土) 00:00:13 No.3885

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の右下です。
カジュアルファッションを流行らせた桃子ですが、このモノトーンの服も決まっています。
可愛らしい表情から、自信がみなぎっています。
人気・実力(レコード売り上げ)とも絶頂期だった頃だからでしょう。
スーパーアイドルとしての決め顔を身に付けていた事が分ります。
[57]
名前:名無しさん
:2020/02/01 (土) 00:33:58 No.3886

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の左上です。
3に載せた晴れ着姿は、落ち着いた紺色を基調としていて、18歳の桃子にピッタリでした。
このカットは、名前の通り桃色を基調としています。16歳か17歳の時でしょう。
[58]
名前:名無しさん
:2020/02/01 (土) 00:36:40 No.3887

BOMBの84年4月号の、24ページ目です。
グラビア撮影で、アイドルやグラビアアイドルが良く行くグァムやサイパンとは違い、
ポナベ島はド田舎のようです。ポナペ美人は、中央の写真に写っているような、
太ってて、髪の長い女性との事なので、桃子がおいしいものをたらふく食べて、
ポナペ美人にならなくて良かったです。
[59]
名前:名無しさん
:2020/02/01 (土) 00:39:31 No.3888

BOMBの84年4月号の、25ページ目です。
映画「パンツの穴」の無意識過剰なヒロイン役、そしてポナベ島というド田舎の、
厳しい自然環境の中での写真集撮影。
従来型のアイドルとは一味違う、等身大の庶民型アイドル菊池桃子の誕生には、
デビュー当時の、このような経験が役立っていると思います。
[60]
名前:名無しさん
:2020/02/01 (土) 00:43:19 No.3889

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の左下です。
編み物をしながら、くつろいでいる桃子です。
(59の続き)
現在、田舎に引っ越した人々をレポートする「人生の楽園」のナレーターを担当していますが、
ド田舎のポナベ島での経験が、その原点かも知れません。
東京生まれの菊池桃子ですが、都会的なスレた感じがせず、
純粋な感じがするのも、大自然が好きだからでしょう。
[61]
名前:名無しさん
:2020/02/03 (月) 01:58:44 No.3898

BOMBの84年4月号の、26ページ目です。
プライベート・ノート(直筆)が、4ページに渡って載っています。
このページは、「ともだち」の事が綴られています。
特にスコスとは小学校時代からの友達で、桃子が芸能人になって、
人から嫌がらせを受けた時に守ってくれる、頼もしい親友です。
[62]
名前:名無しさん
:2020/02/03 (月) 02:01:58 No.3899

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の右上です。
真剣に勉強している(もしくは台本を読んでいる)桃子です。
(61の続き)
ポナペ島へく時、このまま帰ってこれないんじゃないかと、淋しい気持ちになっていた桃子に、
「必ずカエル(帰る)って事だから」と、カエルのマスコットを渡す、機転の効く友達です。
[63]
名前:名無しさん
:2020/02/03 (月) 02:04:20 No.3900

BOMBの84年4月号の、27ページ目(プライベート・ノートの2ページ目)です。
4際年上の兄について綴られています。このぐらいの年の差だと、
桃子が小さい時から、可愛がっていたのでしょう。
バイクの後ろに乗っている時の桃子の気持ちから、それが伝わってきます。
彼女とは、無事結婚したのでしょうか。
[64]
名前:名無しさん
:2020/02/03 (月) 02:08:01 No.3901

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の左上です。
勉強机にいる桃子ですが、グラビア撮影のためか、テレ笑いしている桃子が可愛いです。
[65]
名前:名無しさん
:2020/02/03 (月) 02:11:44 No.3902

BOMBの84年4月号の、28ページ目(プライベート・ノートの3ページ目)です。
お父さんとの仲の良い、幼稚園時代の頃が綴られています。
「お姉さん自転車」は、もう少し大きくなってからでしょう。
「桃子、三輪車買うんだろ」とからかうお父さんとの、仲むつまじい感じが伝わるエピソードです。
[66]
名前:名無しさん
:2020/02/03 (月) 02:14:02 No.3903

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の右下です。
(65の続き)
もし菊池桃子が早婚して、「お嫁入り道具買って」とお父さんに言っていたら、
さぞ悲しそうな顔をしていたでしょう。
(実際は、結婚婚相手の西川哲の父親が、菊池桃子の事を心配して、
当初結婚に反対していたとの事。)
[67]
名前:名無しさん
:2020/02/07 (金) 03:00:03 No.3918

BOMBの84年4月号の、29ページ目(プライベート・ノートの4ページ目)です。
動物好きの桃子の、小学校5年の時と、ポナペ島ロケの時のエピソードが綴られています。
良かれと思ってやった事が裏目に出る事は、小学校5年なら当たり前。
でもその時の悔しい気持ち、悲しい気持ちをはっきり覚えているから、
人間的に成長するのでしょう。
ポナペ島ロケでののエピソードでも、深く懺悔しています。
[68]
名前:名無しさん
:2020/02/07 (金) 03:10:43 No.3919

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の左中央です。
机に向かっていても、何かを見つめている桃子の瞳。
キョンキョンが桃子と飛行機で隣同士になった時、桃子の瞳を見て、
「強い人だと感じた」と思ったそうです。確かに、意志の強さを感じさせる瞳です。
だからこそ、40代になってから大学院で勉強し、客員教授にまでなったのでしょう。
[69]
名前:名無しさん
:2020/02/07 (金) 03:14:22 No.3920

BOMBの84年4月号の、30ページ目(Q&Aの1ページ目)です。
Q12で、「太っていることですね。」と答えています。桃子は中肉中背だと思いますが、
年頃の女の子なので、気になるのでしょう。
MOMOCOの84年5月号のインタビューでは、「(血管注射の時)私、血管が出にくい体質で。」
と言うと、インタビュアーが「皮下脂肪が多すぎるせいだな、それは。」と、
ヒドイ事を言っていました。
[70]
名前:名無しさん
:2020/02/07 (金) 03:21:46 No.3921

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の左下です。
82年組が個性派アイドル揃いで、81年と83年組は不作だったので、
84年歌手デビューの桃子は、「久々に登場したアイドルの中のアイドル」という感じでした。
(69の続き)
Q16では、「自分では意地っ張りで、気が強いと思う。」と、大人しそうに見える桃子の
意外な一面を語っています。「でも、涙もろいんですね。」と言う、
多感な性格だから、青春アイドルとしてピッタリな性格なのでしょう。
[71]
名前:名無しさん
:2020/02/12 (水) 01:47:41 No.3938

BOMBの84年4月号の、31ページ目(Q&Aの2ページ目)です。
夜中の長電話だけでなく、モーニングコールまでする、仲の良い友達なのでしょう。
そのため朝早く起きるので、Q26では、「私に目覚まし時計は通用しません。
お母さんにビシバシ叩いて起こしてもらう。」と言っています。
そんなお母さんを尊敬していたので、自分が母親になった時も、
真摯に向き合う覚悟が出来たのでしょう。
[72]
名前:名無しさん
:2020/02/12 (水) 01:52:18 No.3939

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、3ページ目の右上です。
3ページ目では、様々な表情の桃子を楽しめます。
(71の続き)
Q32では、痴漢に会っても、「いやあ、負けません。戦います。がんばります。」
と言っています。気が強い桃子の一面が分かる返答です。
[73]
名前:名無しさん
:2020/02/12 (水) 01:55:14 No.3940

BOMBの84年4月号の、32ページ目です。
アイドル恒例のボディチェックのコーナーです。
15歳の桃子に、あの可愛い顔で「だって私、まだ子供だもん」と言われると、
返す言葉がありません。でも身長は、成長が止まったそうです。
普段ノーメークでいられるのは、「ニキビはまったくなし!」だからでしょう。
ニキビに悩む同世代の女子にとっては、羨ましい限りでしょうが、
ノーメークの可愛らしさこそ、アイドル菊池桃子の魅力の源泉だと思います。
[74]
名前:名無しさん
:2020/02/12 (水) 02:01:38 No.3941

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、3ページ目の上中央です。
(73の続き)
1年ぐらい前に、テレビのトーク番組に出演した時にも、20歳までヘア・メイクの人が付かず、
ノーメイクでアイドル活動をしていたと、告白していました。
当時の歌番組を見て、「まつ毛がバラバラだ。」と言っていました。
[75]
名前:名無しさん
:2020/02/12 (水) 02:03:49 No.3942

BOMBの84年4月号の、33ページ目です。
アイドル恒例の自室のイラスト紹介と、持ち物です。
スヌーピーが大好きな桃子は、ベッドも持ち物もスヌーピーだらけ。
友人と長電話する時も、自分の事を桃子と言っているんでしょうね。
[76]
名前:名無しさん
:2020/02/20 (木) 00:46:00 No.3957

20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、3ページ目の左上です。
決して太めには見えませんでした。(河合奈保子や柏原芳恵がいたので。)
「洗練とは無縁のキュートさ」は、アイドルの原点に戻ったようです。
このカットも、そんな1枚です。
[77]
名前:名無しさん
:2020/02/20 (木) 01:46:10 No.3958

DUNKの84年10月号の、1〜2ページ目です。
笑顔になると、目尻が下がって可愛らしくなるのは、瞳が大きい正統派アイドルの特長ですが、
このカットは、特に可愛いです。
[78]
名前:名無しさん
:2020/02/20 (木) 01:47:56 No.3959

DUNKの84年10月号の、3ページ目です。
ロングヘアなら髪を結んでも綺麗に見えるけど、このぐらいの髪の長さだと、
結んだ時、動物の尻尾みたいにカッコ悪くなってしまいます。
それが理由ではなく、ここに書いてある事が理由だと思いますが、この後髪を少し切りました。
[79]
名前:名無しさん
:2020/02/20 (木) 01:49:16 No.3960

DUNKの84年10月号の、4ページ目です。
片目に手を当てた時、小指だけで左目を隠している、可愛いカットです。
[80]
名前:名無しさん
:2020/02/20 (木) 01:53:21 No.3961

DUNKの85年3月号から、「卒業」の歌詞が載っている、2つ折りのページです。
レコーディングで、真剣に楽譜を見ている表情です。
ただ可愛いだけじゃなく、芯の強さを窺わせる表情です。
ちなみに「卒業」は、同時期に、斉藤由貴・尾崎豊・倉沢淳美が同タイトルのシングルをリリースし、
「卒業」ラッシュで話題になりましたが、菊池桃子の「卒業」が最もヒットし、
菊池桃子自身の代表作になりました。