堀ちえみ
[1]
名前:名無しさん
:2019/04/10 (水) 20:23:46 No.2494

DUNKの84年10月号の、4ページ目です。
84年夏のコンサート「TAKE OFF」からのカットです。
飛び上がるようなエキサイティングなカットは、全身カットで、
顔が小さくなり、スレ画にすると目立たないので、スレの中で載せます。
[31]
名前:名無しさん
:2019/05/27 (月) 23:01:44 No.2777

熱写ボーイの85年7月号から、素人が撮った写真(その2)です。
[32]
名前:名無しさん
:2019/06/08 (土) 22:20:53 No.2826

BOMBの85年1月号の、4ページ目です。
「年末は紅白のためにスケジュールをあけてあります。」
その甲斐あって、紅白初出場を果たします。
ちなみに、花の82年組の紅白出場は、以下の通りです。
83年〜 中森明菜(6回連続)
早見優(3回連続)
84年〜 小泉今日子(5回連続)
堀ちえみ(1回のみ)
85年〜 石川秀美(1回のみ)
なお、松本伊代は出場なし。
[33]
名前:名無しさん
:2019/06/08 (土) 22:22:05 No.2827

熱写ボーイの85年7月号から、素人が撮った写真(その3)です。
[34]
名前:名無しさん
:2019/06/08 (土) 22:24:54 No.2828

DUNKの85年1月号から、「クレイジーラブ」と「東京Sugar Town」の
歌詞が載っているページです。
私がなぜ「クレイジーラブ」が一番好きかと言うと、ちえみの覚えやすい曲調のシングルの中で、
最も激しい曲調であり、ちえみの歌い方に、長所である一生懸命さが、一番出ているからです。
ママドルになってからは、「リ・ボ・ン」を歌う事が多いちえみ。
「リ・ボ・ン」には、普遍的な曲の良さがありますが、「クレイジーラブ」は10代だからこそ
歌える歌だと思います。ちえみもそう考えたのでしょう。
[35]
名前:名無しさん
:2019/09/07 (土) 23:56:49 No.3242

しゃんばらの最後のスレ(何度も落ちた)に貼った画像は、34で終わりです。
ここからは、しゃんばらで前のスレに載せた画像を中心に再アップします。
これは、2000年4月25日発行の、20世紀アイドルスター大全集・80年代編から、
堀ちえみの1ページ目の右上です。下に、プロフィールが載っています。
87年3月に一度引退するまで、正統派アイドルとしての活動は5年間しかありませんでしたが、
花の82年組の中では、明菜・キョンキョンに続く3番手として、人気がありました。
[36]
名前:名無しさん
:2019/09/07 (土) 23:59:02 No.3243

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの1ページ目の左上です。
85年1月23日リリースの13thシングル「リ・ボ・ン」(最大のヒット曲だと思う)を始め、
「とまどいの週末」「さよならの物語」「青い夏のエピローグ」といった、
ちょっと懐かしい感じのマイナー調のアップテンポの曲が好きでした。
「白いハンカチーフ」「クレイジーラブ」も、カッコいいアップテンポの曲でした。
明るさを全面に出した「稲妻パラダイス」も、覚えやすくて、いい曲でした。
堀ちえみの曲は、キャッチーで覚えやすい曲が多いのが魅力でした。
[37]
名前:名無しさん
:2019/09/08 (日) 00:00:42 No.3244

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの1ページ目の右下です。
大ヒットした「スチュワーデス物語」を始め、「スタア誕生」「花嫁衣裳は誰が着る」と、
2クールもある大映テレビに3本も主演していました。
70年代の大映テレビの顔が山口百恵なら、80年代の顔は、同じ事務所の堀ちえみでしょう。
花の82年組の中では、最もドラマ出演に力を入れていたアイドルです。
[38]
名前:名無しさん
:2019/09/08 (日) 00:02:52 No.3245

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの1ページ目の中央下です。
ハードスケジュールには定評のある大映テレビに3本も主演しながら、アイドル歌手としての活動、
堀越学園での学業と、体がいくつあっても足りないほどの忙しいスケジュールをこなしていたので、
過労で倒れたのがきっかけとなって、一度引退したのも無理はないでしょう。
堀越学園への出席日数が足りないため、卒業式に出席した後、
1年間の補習授業を受けたそうです。
[39]
名前:名無しさん
:2019/09/08 (日) 00:06:20 No.3246

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの1ページ目の左下です。
あまりの忙しさのため、「スチュワーデス物語」の撮影中に、後ろ姿で写っている時は、
立ったまま眠っていたそうです。後に教官役の風間杜夫がバラしていました。
風間杜夫は、眠っている堀ちえみの顔を、はにわのように可愛いと、褒めているのか、
けなしているのか、分からないコメントをしていました。
堀ちえみの顔は、目鼻立ちがハッキリしている正統派のアイドル顔でも、
面長の美人顔でもありませんが、愛らしさがある可愛い顔です。
多くの人気アイドルが出た80年代の中でも、異色の存在だったと思います。
[40]
名前:名無しさん
:2019/09/13 (金) 00:51:03 No.3261

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの2ページ目の右上です。
「パリンコ学園No.1」で共演したキョンキョンとのカットです。
同じ82年3月21日にデビューした二人は、同じく3月21日にデビューした三田寛子と共に、
3人一緒にキャンペーンで全国を回ったそうです。
普段は大阪弁の堀ちえみと、京都弁しか喋れない三田寛子と一緒だったので、
関西弁が移ったとキョンキョンが言っていました。
3人姉妹の長女のちえみはお姉さんが欲しく、3人姉妹の末っ子のキョンキョンは
妹が欲しかったので、ちえみとキョンキョンは、大の仲良しになりました。
(キョンキョンの方が1歳年上)
[41]
名前:名無しさん
:2019/09/13 (金) 01:01:00 No.3262

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの2ページ目の右中央です。
花の82年組は、本人同士は仲が良かったですが、粒ぞろいで競争が激しいため、
水着カットも多かった感じがします。伊代と秀美はワンピース中心でしたが、
ちえみを始め、キョンキョン・明菜・優と、ビキニ中心で楽しませてくれるアイドルも、
沢山いました。
[42]
名前:名無しさん
:2019/09/13 (金) 01:04:49 No.3263

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの2ページ目の右下です。
堀ちえみは、この大全集では2ページしか載っていませんが、その半分の1ページがビキニ姿です。
[43]
名前:名無しさん
:2019/09/13 (金) 01:08:38 No.3264

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの2ページ目の左上です。
堀ちえみは、ザ・ベストテンに出演した際のインタビューで、
「アイドルは、夢を売る商売です。」と答え、「商売」と言う言葉がアイドルらしくないと、
批判されましたが、仲良しのキョンキョンが、
後に「アイドルが商品である」事を、証明して行きました。
[44]
名前:名無しさん
:2019/09/13 (金) 01:11:06 No.3265

20世紀アイドルスター大全集から、堀ちえみの2ページ目の左下です。
二度離婚し、三度結婚したちえみ。生死に関わる手術も乗り越えて、
自ら産んだ5人を含めて7人の子供の母となりました。
波乱万丈の人生を送っていますが、今度こそ幸せになって欲しいものです。
[45]
名前:名無しさん
:2019/09/15 (日) 22:15:12 No.3279

85年10月1日発行のアイドル40年から、堀ちえみのページの右上です。
堀ちえみの連ドラの代表作は「スチュワーデス物語」ですが、
私は「花嫁衣裳は誰が着る」が一番好きでした。
TBSの大映テレビに連続出演し、主演級にまで達した伊藤かずえや松村雄基が、
初めてフジテレビの大映テレビに出演し、主演の堀ちえみを上手くサポートしていました。
70年代アイドルだった岡田奈々は、大映テレビで女優として復活しましたが、
TBS時代のどの大映テレビ作品よりも、「花嫁衣裳は誰が着る」の方がカッコ良かったです。
[46]
名前:名無しさん
:2019/09/15 (日) 22:26:19 No.3280

アイドル40年から、堀ちえみのページの左上です。
帽子が似合うちえみが、初主演ドラマ「メチャン子・ミッキー」で被っていた帽子のカットです。
堀ちえみ主演の大映テレビでは、「スタア誕生」も、大映テレビのお約束を理解しながら見れば、
波乱万丈で、結構面白いです。最初に見た時は、堀ちえみ演じる突発性心筋症を抱える主人公が、
あまりにも激しい動作をするので、荒唐無稽に思えましたが、大映テレビのお約束の範囲内だと
割り切って見ると、「スチュワーデス物語」と同じように楽しめます。
[47]
名前:名無しさん
:2019/09/15 (日) 22:32:22 No.3281

アイドル40年から、堀ちえみのページの右下です。
左下は、同じ写真が大きく載っている雑誌のカットを載せます。
3年ぐらい前のCSの、松本伊代・早見優と対談した番組で、
「今日子ちゃんとしばらく会ってないな。」と言うと、
松本伊代が「うちのダンナ(ヒロミ)は、会っているよ。」と言っていました。
子供が全員独り立ちしたら、まだ一度もしていない、舞台をやってみたいと言っていたので、
体が治って完全復活した後、舞台のプロデュースを始めた小泉今日子が
協力してくれたらいいですね。
[48]
名前:名無しさん
:2019/09/15 (日) 22:35:51 No.3282

80年代アイドルデビュー伝説から、近代映画の82年5月号の表2グラビアです。
表2グラビアとは、表紙の裏で、当時注目の新人アイドルを紹介するページです。
47で書いた、左下のカットと同じ写真です。
「微笑み天使」と大きく書いてあります。
堀ちえみは、キャッチフレーズはもうダサイから付けなかったそうですが、こういう時に困ります。
仲良しのキョンキョンのキャッチフレーズ「微笑少女」を文字ったのでしょうか。
文章に書いてある「メチャン子・ミッキー」は、評判がいいらしいのですが、
なかなか再放送されないので、見ていません。
[49]
名前:名無しさん
:2019/09/15 (日) 22:43:55 No.3283

80年代アイドルデビュー伝説から、近代映画の82年4月号の1ページ目です。
新人賞レースもス〜イスイ走って、レコード大賞新人賞5名の中に入りました。
この5名に入らなかったのが、キョンキョンと明菜です。
後の明菜曰く「これだけ有望新人が揃ったら、事務所の力が強い所が行く。」と名言(迷言?)を、
言っていました。シブがき隊(ジャニーズ事務所)、伊代(ボンド企画)、ちえみ(ホリプロ)、
優(サン・ミュージック)、秀美(芸映プロ)と、5人とも大手事務所です。
キョンキョン(バーニング・プロ)も大手ですが、キョンキョンには力を入れていなかったのかな?
[50]
名前:名無しさん
:2019/09/20 (金) 00:19:32 No.3301

80年代アイドルデビュー伝説から、近代映画の82年4月号の2ページ目です。
2年後には「スチュワーデス物語」で、ドジでノロマなカメのイメージが付いてしまうちえみですが、
この頃は、スポーツが得意な事をアピールしています。
ちえみの表情は、普通っぽいので、スポーツ選手のようにも見えます。
[51]
名前:名無しさん
:2019/09/20 (金) 00:23:25 No.3302

アイドル40年から、水着グラビアのコーナーです。
BOMBの松田聖子特集の中で、堀ちえみのコメントが印象的でした。
仲良しのキョンキョンと同じように、松田聖子の曲が大好きなだけでなく、
「歌は上手いし、しぐさはとても女の子らしいし、素敵です。」とコメントしています。
「アイドルは、夢を売る商売です。」と言って、実践しているちえみにとって、
松田聖子のアイドルとしての表現力そのものが、目標なのだと思いました。
もちろんスカウトキャラバンで歌ったのは、聖子の「白いパラソル」です。
ちえみ・キョンキョンに限らず、花の82年組アイドルは、松田聖子に憧れていた人が多いです。
聖子と同じ事務所の早見優だけが、ハワイに住んでいたので、
松田聖子の事を知らなかったとは、皮肉な話です。
[52]
名前:名無しさん
:2019/09/20 (金) 00:29:12 No.3303

89年9月20日発行の、近代映画のムック本「女神の肖像」からのカットです。
この雑誌には、80年代末までのアイドル史が書いてありますが、その中から抜粋します。
「82年デビュー組は、松田聖子の成功を横目に睨んでからの戦略だけに実にシッカリとしている。
有力新人たちのデビュー曲のヒットチャートでの最高順位を並べてみれば良く分かるはずだ。
堀ちえみ「そよ風の少女」27位、小泉今日子「私の16才」22位、
北原佐和子「マイ・ボーイフレンド」 25位、三田寛子「駆けてきた処女」21位、
石川秀美「妖精時代」31位、早見優「急いで!初恋」36位、
中森明菜「スローモーション」30位となっている。
各々のアイドルの実力・人気・曲の善し悪しには関係なく、
見事なまでに一定のラインに並んでいる。これがシスティマティックと言っている理由である。
(何故なら30位以内に入ると、ザ・ベストテンのスポットライトのコーナーに
出演出来るからである。)」
アイドルを送り出す事務所側も、松田聖子の成功を色濃く反映している事が分かります。
[53]
名前:名無しさん
:2019/09/20 (金) 00:31:01 No.3304

BOMBの82年8月号の、1ページ目です。
ピップエレキバンを足から取るのを忘れる所までは、単に忘れちゃったで済みますが、
倉庫に閉じ込められるとは、後の「スチュワーデス物語」を彷彿とさせるエピソードです。
ちなみにキョンキョンは肩こりで、ピップエレキバンを肩に貼ったまま歌っていたそうです。
[54]
名前:名無しさん
:2019/09/20 (金) 00:32:24 No.3305

BOMBの82年8月号の、2ページ目です。
(1ページ目の続き)
「下着のプレゼントの感想は?」「経済的でうれしいです。」
大阪出身のちえみの、経済観念に優れている一面が垣間見れるコメントです。
デビューして3ヶ月弱で、1日に4千通もファンレターが来る人気アイドルになりました。
これじゃ読むのもほんの一部なので、返事を書く事など出来ないでしょう。
[55]
名前:名無しさん
:2019/09/23 (月) 23:17:29 No.3322

BOMBの82年11月号の、3つ折りピンナップです。
カラーで見ると、当時の顔は、トシちゃんが言っていた通り、日焼けしている事が分かります。
先輩に対して「トシちゃん」「聖子ちゃん」と、ちゃん付けで呼べるちえみは、
大阪人独特のフレンドリーさを身につけていたのでしょう。
キョンキョンは、先輩・松田聖子と話す時は、未だに緊張するそうです。
[56]
名前:名無しさん
:2019/09/23 (月) 23:19:39 No.3323

BOMBの82年11月号の、1ページ目です。
花の82年組は、アイドル同士の仲が良かっただけでなく、ファン同士も協力し合っていました。
地方公演で、ちえみの親衛隊の数が足りない時は、
キョンキョンや明菜の親衛隊に助けてもらっていたそうです。
[57]
名前:名無しさん
:2019/09/23 (月) 23:23:52 No.3324

BOMBの82年12月号の、1ページ目です。
2キロ痩せたけど顔から痩せて行くと言っています。人に見られる所から痩せて行くと
良く言われているので、アイドルは顔から痩せていきます。
サリーちゃん足は露出していないので、痩せなかったのでしょう。
セミヌードとヌードを区別せずに断るのは、やはり15歳の若さなのでしょう。
先輩の山口百恵は映画「潮騒」でセミヌードになっていますが、
ちえみの唯一の主演映画であるリメイクの「潮騒」では、セミヌードになっているのでしょうか。
見た記憶はあるのですが、覚えていません。今度見たら、チェックしておきます。
[58]
名前:名無しさん
:2019/09/23 (月) 23:26:41 No.3325

BOMBの82年12月号の、2ページ目です。
(57の続き)
「そんなことないですよ。そういうふうに感じるのは、年をとっているからです!」(3段目)
ビシッと言うちえみに、若さと意志の強さを感じます。
ちえみもキョンキョンも肩こりでした。他にもトップアイドルに肩こりの人が多いのは、
やはり周囲に気を配る仕事だからでしょう。
[59]
名前:名無しさん
:2019/09/23 (月) 23:28:43 No.3326

BOMBの82年11月号の、2ページ目です。
人気アイドルは、食事時間にまで取材が入って、ちゃんと食事すら出来ないという大変な仕事です。
学校に通うと、そんな目まぐるしい時間から開放されるのでしょう。
ちえみは、その学校にもなかなか行けなくなるほど、更に忙しさが増して行きます。
[60]
名前:名無しさん
:2019/09/26 (木) 20:42:29 No.3334

BOMBの82年6月号の、1ページ目です。
デビュー当時の堀ちえみを、40ページに渡って大特集しています。
キャッチフレーズを付けなかったちえみに対し、伊代や優が「デビュー曲の「潮風の少女」が
キャッチフレーズのようなもの」と、最近の同窓会番組で言っていました。
1ページ目のタイトルでも、「潮風の妖精」と書いてあり、「潮風」がキーワードになっています。
[61]
名前:名無しさん
:2019/09/26 (木) 20:47:49 No.3335

カラーグラビアと、モノクロの記事を、なるべく交互に載せて行きます。
BOMBの82年6月号の、9ページ目です。
ここからモノクロページに入ります。
元気一杯のVサインが光るカットです。
キョンキョンは控えめにVサインを出す事が多かったですが、
ちえみは、「アイドルは夢を売る商売」がモットーなので、元気よくVサインを出しています。
[62]
名前:名無しさん
:2019/09/26 (木) 20:49:57 No.3336

BOMBの82年6月号の、10ページ目です。
歌手デビューしてすぐ、「メチャン子ミッキー」でドラマ主演しています。
アイドル歌手のドラマ主演といえば、午後7時代の30分枠が主流であり、
事務所の先輩・榊原郁恵も、「メチャン子ミッキー」と同じ枠で「ナッキーはつむじ風」
「愛LOVEナッキー」に主演していました。その源流は、アイドル歌手という存在すら無かった
70年の「おくさまは18歳」(岡崎友紀主演)まで遡るのかも知れません。
[63]
名前:名無しさん
:2019/09/26 (木) 20:52:40 No.3337

BOMBの82年11月号の、3ページ目です。
(62の続き)
フジテレビに、月曜ドラマランド枠(83年〜)が出来てからは、その90分枠が、
アイドル主演ドラマの登竜門になりました。
[64]
名前:名無しさん
:2019/09/26 (木) 20:53:46 No.3338

BOMBの82年6月号の、11ページ目です。
13ページ目に書いてある、川の中に落ちちゃうシーンでしょう。
[65]
名前:名無しさん
:2019/09/30 (月) 21:06:05 No.3355

画像は、BOMBの82年11月号の、4ページ目です。
プロフィールに書いてある「パリンコ学園No.1」再放送して欲しいですが、
少年隊が出ているので、無理そうですね。
[66]
名前:名無しさん
:2019/09/30 (月) 21:07:30 No.3356

BOMBの82年6月号の、12ページ目です。
「返事や礼儀がとてもしっかりしていた。」「ロケバスの中でカバンまるごと忘れたり。」(東八郎)
優等生的な面と、ドジな面を併せ持っているから、スタッフにもファンにも愛されたのでしょう。
[67]
名前:名無しさん
:2019/09/30 (月) 21:10:18 No.3357

BOMBの82年6月号の、13ページ目です。
「メチャン子ミッキー」のストーリーが、少し書いてあります。
「セリフなんかもとってもむずかしいんだけど...」
一話分だけ動画がアップされていたので見ましたが、セリフ棒読みでした。
デビュー直後なので、無理もありませんが。この後の大映テレビは、3作とも見ていますが、
だんだん演技が上手くなって行ったように感じました。
左の上から3番目のカットでは、仲の良いキョンキョンと談笑しています。
二人とも笑い上戸なので、その間にいる新井薫子(だと思う)が、
目を白黒させていたかも知れません。
[68]
名前:名無しさん
:2019/09/30 (月) 21:13:03 No.3358

BOMBの82年6月号の、2ページ目です。
ちょっと懐かしい感じのマイナー調のアップテンポのシングルが多いちえみですが、
詩の世界では、潮風や夏をテーマにしたシングルが多かったです。
デビュー曲「潮風の少女」に始まり、「真夏の少女」(以上82年)、
「夏色のダイアリー」「青い夏のエピローグ」(83年)、
「稲妻パラダイス」「東京Sugar Town」(84年)、
「Wa・ショイ!/風のサザン・カリフォルニア」(両A面:85年)
「ジャックナイフの夏」「夏咲き娘」(86年)
と、年4枚のシングル中、2枚は夏がテーマになっています。
[69]
名前:名無しさん
:2019/09/30 (月) 21:14:20 No.3359

BOMBの82年6月号の、14ページ目〜15ページ目の右端です。
(15ページ目の右端を結合させないと、写真に説明が別画像になってしまうため。)
@生後6ヶ月のオールヌード?も可愛いけど、
A1歳と2ヶ月の頃の笑顔は、まさにゴキゲンという笑顔です。
Cの三輪車は、仮面ライダーのデザインっぽいです。
[70]
名前:名無しさん
:2019/10/04 (金) 21:59:38 No.3373

BOMBの82年6月号の、15ページ目です。
ちえみは、産婦人科で第一号の赤ちゃんでした。
可愛い顔でしたが、「眠り姫」と言われるほど、いつも寝ていたそうです。
アイドル時代に、立ったまま寝る事が出来たのも、赤ちゃん時代の「眠り姫」所以でしょうか。
実は、夜になると元気になる夜行性だったようで、夜のドライブでゴキゲンになりました。
[71]
名前:名無しさん
:2019/10/04 (金) 22:02:47 No.3374

BOMBの82年6月号の、3ページ目の上です。
(70の続き)
自転車やゴーカートで暴走したり、車の運転席が大好きでしたが、
家電製品には弱い事を、ママドルになってから打ち明けていました。
母親に言わせると内弁慶だったちえみですが、家族に対してズケズケ言えるのは、
仲がいい証拠だと思います。
[72]
名前:名無しさん
:2019/10/04 (金) 22:10:41 No.3375

BOMBの82年6月号の、16ページ目です。
小学校時代の4カットが載っています。
D・Eは、17ページ目にあります。
[73]
名前:名無しさん
:2019/10/04 (金) 22:17:46 No.3376

BOMBの82年6月号の、3ページ目の下です。
昨年春に「極上空間」というトーク番組に出演し、大ファンだったという石野真子との対談を
しています。キョンキョンも石野真子の大ファンでしたが、スタ誕の司会や、
歌のトップテンの司会を石野真子がしている時に会っています。
ちえみは、スカウトキャラバン出身なので、スタ誕のゲストには呼ばれず、
歌のトップテン(86年4月〜)の時には、トップテンに入っていなかったので、
アイドル時代には会っていないかも。と思っていましたが、
実は主婦をしていた当時の石野真子に会っていたそうです。
[74]
名前:名無しさん
:2019/10/04 (金) 22:24:39 No.3377

BOMBの82年6月号の、17ページ目です。
水泳が得意なちえみが、「スチュワーデス物語」で浮き輪を付けて廊下を泳ぐシーンを、
台本で読んだ時は、思わず「?」マークが頭の上にいくつも浮かんでいた事でしょう。
誰とでも仲良くなれるちえみなので、みんなと遊べる球技に夢中になったと思います。
[75]
名前:名無しさん
:2019/10/04 (金) 22:28:03 No.3378

BOMBの82年6月号の、6ページ目です。
(74の続き)
修学旅行は、クラスメートと深夜まで一緒に無駄話や枕投げが出来る夜が楽しいのですが、
1日早く、いとこの子と朝方まで家族全員でワイワイ騒いでいたので、こんなドジ話が生まれました。
巻き添えを食らった親友も可哀想ですが、疲れているのに鳥取までの往復運転をしたお父さんには、
感謝しなければいけませんね。
[76]
名前:名無しさん
:2019/10/09 (水) 00:11:18 No.3393

BOMBの82年6月号の、18ページ目(中学校時代)です。
Aのおさげ姿は、あまり見た事がないので、新鮮です。
石野真子との対談番組「極上空間」の内容です。ちえみは、中学2年(80年)の夏に、
たまたま出かけた大阪のデパート?で、石野真子の握手会がある事を知り、握手してもらった時、
なんて可愛い人だろうと思って、たちまちファンになったそうです。
そして石野真子に会う事を目標にして、スカウトキャラバンで優勝。82年3月にデビューしますが、
既に石野真子は、結婚・引退していました。(81年8月31日)
[77]
名前:名無しさん
:2019/10/09 (水) 00:15:56 No.3394

BOMBの82年6月号の、7ページ目です。
(「極上空間」の続き)
どうしても石野真子に会いたいちえみは、月刊平凡の石野真子担当記者にお願いして、
83年初に、主婦をしている石野真子に会う事が出来、感激しました。
ちなみに、堀ちえみの親衛隊の中心メンバーは、石野真子の親衛隊から移動し、
親衛隊の心得を新入りメンバーに教えたそうです。
[78]
名前:名無しさん
:2019/10/09 (水) 00:32:44 No.3395

BOMBの82年6月号から、19ページ目です。
中2の時に、初恋の相手から「何とも思ってないから」と言われて、ふられた事を告白しています。
人気アイドルになる人たちは、容姿もそれなりに良かったので、初恋の相手とは自然解消のパターンが
多いですが、ふられるというのは珍しいです。それでもすぐに立ち直り、
友達のチョーチン持ちをするあたり、浪速のど根性娘って感じです。
キョンキョンと同じく、ちえみも中学時代が一番楽しく充実していた事が分かります。
スカウトキャラバンに誘った友達ではなく、誘われたちえみが合格するのは、よくあるパターンです。
[79]
名前:名無しさん
:2019/10/09 (水) 00:35:26 No.3396

BOMBの82年4月号の、1ページ目です。
この頃は、大好きな真子ちゃんカットで受けたスカウトキャラバンの時の髪型のままです。
この後すぐに、後ろ髪を伸ばしながらブローして、他の花の82年組と同様、
聖子ちゃんカットにして行きました。
(78の続き)
書いてある内容から、「ママはアイドル」の後藤久美子がオーディションを受ける回を、
思い出しました。ちえみやキョンキョン等の花の82年組の世代は、松田聖子ではなく、
榊原郁恵や石野真子が、憧れのアイドルだった世代です。
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名前:名無しさん
:2019/10/12 (土) 23:53:45 No.3410

BOMBの82年6月号の、20ページ目です。
21ページ目とともに、旅行の写真を集めたページです。
Bでは、小学校5年の時から、真っ黒に焼けている事が分かります。
Cは、次ページに書いてありますが、36で遅刻したと書いてある修学旅行の時です。
Dは、京都の丸山公園へ遠足に行った時。お弁当をほおばる姿を撮ったちえみらしい写真です。