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堀ちえみ

[1] 名前:名無しさん :2019/04/10 (水) 20:23:46 No.2494
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DUNKの84年10月号の、4ページ目です。
84年夏のコンサート「TAKE OFF」からのカットです。
飛び上がるようなエキサイティングなカットは、全身カットで、
顔が小さくなり、スレ画にすると目立たないので、スレの中で載せます。
[2] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 18:55:27 No.2507
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BOMBの84年8月号の、テレビックリのコーナー表紙です。
これは、「稲妻パラダイス」を歌っている時の衣装です。
表紙以外には載っていませんが、関西のTV特集なので、
ちえみが表紙に選ばれたのかも知れません。
[3] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 18:57:43 No.2508
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BOMBの84年4月号の、1ページ目です。
「ひとりで笑ってシラケさせる。」スチュワーデス物語で共演した白石まるみが言っていました。
笑い上戸で、アイドルがこんなこと言っていいかなって発言をする。とも言っていて、
仲良しのキョンキョンと共通しています。「白いハンカチーフ」が大ヒットしたので、
「歌が落ち目だからドラマに出た、なんて言われなくてすみますもん。」
まるで、共演した恋敵の片平なぎさの事を言っているような発言ですが、
ホリプロのアイドルは、デビュー後まもなくドラマに出るのが当たり前だったので、
そう言われなくて済んだのは、山口百恵以来の事です。
[4] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 18:59:32 No.2509
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BOMBの84年4月号の、2ページ目です。

(1ページ目の続き)
今度はホームドラマを演じてみたいと言っていますが、「スチュワーデス物語」の千秋のイメージが
強すぎるためか、実現しませんでした。千秋のイメージを拭うため、1年間は歌手業に専念し、
大ヒットを連発します。その後、「スタア誕生」「花嫁衣裳は誰が着る」と、
再び大映テレビに主演します。気持ちが沈んでる時でも大声でしゃべる、千秋のセリフの言い回しを
避けるため、特に「花嫁衣裳は誰が着る」では、沈んだ演技が目立ちました。
まるで山口百恵が演じていたような耐えしのぶ役柄は、元気一杯のちえみのキャラに似合いません。
山口百恵でさえ、大映テレビの赤いシリーズは早く降板したいと訴えていました。
ここに書いてあるような西田敏行と共演するホームドラマや、田原俊彦と共演するコメディが
実現していたら、ちえみの新たな魅力がお茶の間にも浸透したかも知れないと思うと、残念です。
[5] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 19:02:50 No.2510
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DUNKの84年6月号(創刊号)に、見開き2ページで、
「稲妻パラダイス」の歌詞が載っています。
ディレクター談話では、昨年(83年)までの青春路線から、今年はガラッと変えようと思ったら、
「スチュワーデス物語」の大ヒットがあり、千秋のイメージで作ったのが「白いハンカチーフ」。
その「白いハンカチーフ」は、オリコン最高位7位止まりと、
千秋人気が曲のヒットに結びつかなかったようです。
そこで、ファン層を大きく広げる意味で、今までのマイナーコードの青春ポップス路線から、
ガラッと変わったメジャーコードの弾けるような明るいポップス
「稲妻パラダイス」をリリースしました。
「ベスト5入りは確信しています。」と言う通り、オリコン最高位5位まで上がりました。
元来ちえみには、弾けるような明るいポップスが似合うと思うのですが、
「スチュワーデス物語」の大ヒットが、リリース時期を遅らせてしまいました。
[6] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 19:05:45 No.2511
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DUNKの84年8月号には、3つ折りピンアナップで、「東京Sugar Town」の歌詞が載っています。
11thシングルのこの曲は、7thシングル「夏色のダイアリー」と同様、
爽やかで口ずさみやすい夏ソングです。前作「稲妻パラダイス」で勢いに乗ったちえみは、
この曲で、オリコン最高位3位まで上がりました。
ミニミニ情報には、髪を伸ばしたい事と、ホリプロの寮を出たい事が、書いてあります。
ちえみは、キョンキョンとほぼ同じ83年2月頃、ショートカットにしました。
伊代もその頃、ショートカットにしようと思っていたそうですが、キョンキョンとちえみが
先にショートカットにしたので、真似してると思われたくなくて、時期を遅らせました。
84年春にキョンキョンが刈り上げにした後、その夏にはちえみもベリーショートにしています。
仲の良い二人は、髪型まで仲良かったです。寮は85年に出たようですが、
「髪を伸ばしたい」心境が変化したのは、夏だったから?
[7] 名前:名無しさん :2019/04/21 (日) 23:19:03 No.2565
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DUNKの85年1月号の、折込カレンダーです。
夏が似合うちえみは、7月に載っています。
[8] 名前:名無しさん :2019/04/21 (日) 23:21:48 No.2566
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DUNKの84年8月号から、LP紹介のコーナーです。
シングルでは、口ずさみやすくて覚えやすい曲をリリースし、
セールスを伸ばしていったちえみですが、アルバムでは、
テクノポップやラップ風の曲を取り入れ、前衛的な内容になっています。
翌85年夏のシングル「Wa・ショイ!」では、このアルバムの方向性を取り入れ、
お祭り風の曲にサンプリングされた声が乗っていましたが、セールス的にはイマイチでした。
本人も、「ちょっと先取りしすぎた」と言っていたそうです。
(ちえみファンの浅香唯が、ちえみから聞き、「おしゃべりDJ」で言っていました。)
[9] 名前:名無しさん :2019/04/21 (日) 23:26:20 No.2567
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MOMOCOの84年5月号の、記事です。
2月15日の17歳のバースディパーティと、その前後の仕事が載っています。
誕生日前後は、「スチュワーデス物語」の撮影追い込みで、大変だったようです。
その忙しい合間を縫っての期末試験も、午前中しか受けられない状態。
「試験勉強なんかできっこない。」頭にハチマキ締めている千秋の姿にすらなれなかったとは。
堀越を1年遅れで卒業するのも、無理はありません。
それでも、「短大へ進学出来るぐらいの学力は身に付けさせてくれる。
今思えば親切な学校だった。」と、後に振り返っていました。
下に載っている4月のスケジュール表から、4月3日に、第2回ちえみちゃん祭りが開かれています。
調べたら、第1回は83年5月28・29日でした。
百恵ちゃん祭りは、夏休みの終わり頃でしたが、この時期はファンが
夏休みの宿題の追い込みに入るので、時期をずらしたのでしょう。
[10] 名前:名無しさん :2019/04/21 (日) 23:28:03 No.2568
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DUNKの84年10月号の、1ページ目です。
84年夏のコンサート「TAKE OFF」の、京都での公演の模様がレポートされています。
1ページ目は、開演前の準備が載っています。
忙しいトップアイドルにとって、1日2回公演は当たり前。
ピンクレディーの最盛期には、1日3回や4回の公演もあったそうです。
アイドルのコンサートが春や夏に集中するのは、学校が休みになって、
昼の部でも学生が行けるからでしょう。
[11] 名前:名無しさん :2019/04/21 (日) 23:32:06 No.2569
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DUNKの84年10月号の、2ページ目です。
ステージ上を飛び回っているような、このポーズも、テレビでの「稲妻パラダイス」の歌唱を
見ていると、違和感が無くなります。少なくとも、コンサートツアー中のちえみは、
「ドジでノロマなカメ」のイメージから脱却しています。
「ヒーロー」等の英語の歌詞の歌は、クラスメートの早見優から、発音を教えてもらったのかな。
[12] 名前:名無しさん :2019/05/01 (水) 00:35:01 No.2619
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DUNKの84年10月号の、3ページ目です。
前半と後半は、それぞれ同じ衣裳で通し、真ん中の外国曲を歌うコーナーで、
1曲づつ衣裳を早変わりする構成です。ステージ脇の衣装部屋も大活躍していた事でしょう。
コンサートで、外国曲を歌うコーナーを設けていたのは、ちえみ達の82年組が最後かも知れません。
第一部と第二部の間に、遅い昼食を食べています。
緊張の連続で、第一部と第二部の間には、食事も喉を通らないアイドルも多かったですが、
アイドルは体力勝負なのを良く知っているちえみは、しっかり食事を取っています。
第二部の前に、握手会もあるので、本当に人気アイドルは大変です。
なお、4ページ目はスレ画です。
[13] 名前:名無しさん :2019/05/01 (水) 00:41:24 No.2620
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スーパー写真塾の85年8月号から、素人が撮った写真(その1)です。
[14] 名前:名無しさん :2019/05/01 (水) 00:43:41 No.2621
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DUNKの84年11月号から、アイドルが乗る車を紹介するコーナーです。
「スチュワーデス物語」で、後ろ向きに立っているシーンでは、立ちながら眠っていたというちえみ。
それほど睡眠時間が取れないちえみにとって、安眠出来る車は、必需品だった事でしょう。
ちなみに、アイドルを電撃引退し、大阪の実家に戻った時は、
家に着くなり36時間眠り続けていました。
アイドルとしては、限界まで頑張っていたのでしょう。
[15] 名前:名無しさん :2019/05/01 (水) 00:44:36 No.2622
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スーパー写真塾の85年8月号から、素人が撮った写真(その2)です。
[16] 名前:名無しさん :2019/05/01 (水) 00:47:25 No.2623
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DUNKの84年12月号から、スター出没ショップのコーナー(見開き2ページ)です。
ちえみが焼肉好きというより、夜遅くまで仕事をして、その後食事する場所は、
焼肉店しか開いていなかったから、焼肉ばかり食べていたそうです。
当時の人気アイドルは、ちえみを始めそう言っていたアイドルが多かったです。
ちえみの事務所の1年後輩の大沢逸美は、身長170cmと14cmもちえみより高く、
1歳年上だったので、とても後輩という感じがしなかったそうです。
その分、同じ事務所の2年後輩の田中久美を可愛がっていたのでしょう。
[17] 名前:名無しさん :2019/05/11 (土) 00:26:49 No.2680
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スーパー写真塾の85年8月号から、素人が撮った写真(その3)です。
[18] 名前:名無しさん :2019/05/11 (土) 00:28:28 No.2681
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DUNKの84年12月号の、1〜2ページ目です。
初めて時代劇に出演したちえみの姿が、4ページに渡って載っています。
風間杜夫主演の時代劇に1話だけゲスト出演した回で、「教官」との久々の共演になりました。
[19] 名前:名無しさん :2019/05/11 (土) 00:29:28 No.2682
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スーパー写真塾の85年8月号から、素人が撮った写真(その4)です。
[20] 名前:名無しさん :2019/05/11 (土) 00:31:10 No.2683
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DUNKの84年12月号の、3ページ目です。
ちえみ→ドラマ→あとは言わなくてもわかってる。そんな方程式が出来たちえみの、
初の時代劇挑戦は、かつらやゴムぞーり等、撮影中はドジしていても、
出来上がりは良かったのでしょう。「いい勉強になった。」と言っています。
[21] 名前:名無しさん :2019/05/11 (土) 00:32:23 No.2684
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BOMBの84年12月号から、85年のカレンダー紹介コーナーです。
文章には、ファンクラブの入会特典等が書いてあります。
「スチュワーデス物語」は、CSまで含めると、一体何回(何十回か?)
再放送されている事でしょう。
[22] 名前:名無しさん :2019/05/19 (日) 21:56:07 No.2732
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DUNKの84年12月号の、4ページ目です。
「教官」(風間杜夫)に、「お土産売り場の人形みたい」と笑われた、時代劇の町娘姿です。
「あんみつ姫」で、既に時代劇経験済みのキョンキョンは、かつらが重いと言っていましたが、
(明菜が、テレビでキョンキョンの発言をバラしていた。)
ちえみも重かったのか、頭が痛くなったと言っています。
[23] 名前:名無しさん :2019/05/19 (日) 22:15:24 No.2733
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DUNKの85年1月号から、脚線美人マルチ・コンテストのコーナーです。
「モモから足首まで太さが変わらないサリーちゃん足」といって、
サリーちゃん足仲間のキョンキョンとなぐさめあっている、
ちえみの脚がクローズアップされています。
[24] 名前:名無しさん :2019/05/19 (日) 22:23:31 No.2734
2734.jpg (487KB)
BOMBの84年11月号の、1ページ目です。
84年夏のコンサート「TAKE OFF」からのカットです。
ちえみらしい原色の派手な衣裳が似合いますね。レオタードまでハートマーク入りです。
[25] 名前:名無しさん :2019/05/19 (日) 22:26:12 No.2735
2735.jpg (166KB)
DUNKの85年1月号から、ドッキリ・ワクワク・ステージ10のコーナーです。
ちえみは6位にランキングされています。
[26] 名前:名無しさん :2019/05/19 (日) 22:29:45 No.2736
2736.jpg (494KB)
BOMBの84年11月号の、2ページ目です。
オリビア・ニュートン・ジョンの大ファンと書いてありますが、70年代と80年代では、
オリビアのイメージが違います。70年代は、「ジョリーン」や「カントリー・ロード」が
大ヒットしてしていた頃で、ポップスとカントリーを合わせた感じです。
70年代のアイドルでは、桜田淳子が大ファンと言っていました。
杏里の「オリビアを聴きながら」も、70年代のオリビアのイメージです。
80年代は、「フィジカル」が大ヒットしてからなので、
ロックとダンス・ミュージックを合わせた感じです。
ハチマキ(バンダナではない)をしたオリビアのプロモビデオのイメージが、ちえみにピッタリです。
10月17日に発売と書いてある「クレイジー・ラブ」と両A面となった「愛のランナー」が、
ここに書いてあるアンコール曲に代わり、新しいアンコール曲になりました。
[27] 名前:名無しさん :2019/05/27 (月) 22:53:46 No.2773
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オリコンウィークリーの85年2月15日号から、素人が撮った写真です。
このトレーナーをあげている、一番下の妹・堀美矢子は、後に芸能界デビューしましたが、
今は引退しているそうです。真ん中の妹・堀一美は、元近鉄バッファローの中根仁と結婚し、
結婚式場で初めて会った中根仁の先輩である金村義明とちえみが、
大阪の番組で一緒に仕事をしてから、意気投合したそうです。
[28] 名前:名無しさん :2019/05/27 (月) 22:55:21 No.2774
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BOMBの85年1月号の、1ページ目です。
シングル「クレイジーラブ」が好評と、書いてあります。
ちえみのシングルの中で、一番好きな歌です。
ちなみに、好きな歌のベスト5は、以下の通りです。
1、クレイジーラブ
2、リ・ボ・ン
3、稲妻パラダイス
4、青い夏のエピローグ
5、夏色のダイアリー
[29] 名前:名無しさん :2019/05/27 (月) 22:57:39 No.2775
2775.jpg (277KB)
熱写ボーイの85年7月号から、素人が撮った写真(その1)です。
[30] 名前:名無しさん :2019/05/27 (月) 23:00:40 No.2776
2776.jpg (483KB)
BOMBの85年1月号の、2〜3ページ目です。
ちえみの二つのお願い。一つ目の歌の大ヒットは、
「クレイジーラブ」「リ・ボ・ン」の連続大ヒットで叶いました。
二つ目のシリアスなドラマは、同じ大映テレビの「スタア誕生」で叶いました。

ちえみのシングルのセールスのベスト5は、以下のようになります。( )は最高順位
1、さよならの物語(8位):83年1月リリース
2、クレイジーラブ(2位):84年10月リリース
3、青い夏のエピローグ(7位):83年7月リリース
4、リ・ボ・ン(2位):85年1月リリース
5、夕暮れ気分(8位):83年10月リリース
1位が「さよならの物語」というのは、意外でした。この頃は、年々シングルの総売り上げが
落ちていった頃なので、最高順位と売り上げが比例していません。アイドルにとっては、
ザ・ベストテンやザ・トップテンがあるので、最高順位の方が大事でしょう。

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